仏誕会

「女をば 法の御蔵と 云うぞ実に 釈迦も達磨も ひょいひょいと生む」 一休宗純

今日は仏誕会でした。ぼくは抹香臭い人間で、こういう祭りがあると殊勝な気持ちになります。根が単純なんです。それで仏心に目覚めたというわけではないのですが最近つくづく思うのは慈悲の難しさ。人を許すこと・・・ではなくて自分の罪を認め、許しを乞うこと。慈悲深くなることではなくて慈悲を請うこと。

たとえばキリストは本当に「許した人」であるか? むしろ「許しを乞うた人」ではないのか?「十字架のキリスト」は罪人の刻印であり、全身全霊をかけて何もかもをなげうって神の慈悲にすがった姿ではないのか?だからでこそ人の心をこんなにも打つのではないか?・・・ん?仏誕会やというのに、いつのまにかキリストの話になってまいましたな。

まんまんちゃん、ああん。


2009年 4月 8日
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