『浪華下鏡』(泥棒番付)

江戸時代の大坂では、毎年、正月に『浪華下鏡』というのが出たそうです。これはなんと泥棒の番付ランキング表。これ以外にも大坂では「長者番付」「大工番付」「職人番付」「博打人番付」「剣術番付」「相場師番付」「スリ番付」「橋番付」「役者番付」「医者番付」「料亭番付」「遊廓番付」「堀川番付」などが発表されていたとか。

大坂は天皇、公家も、将軍、武家もいません。町民、庶民のまちでした。町民、庶民は、好奇心旺盛で、権威、権力を信じない。唯物主義です。「王様は裸や」と言い切る。冷徹な、リアルな、審美眼を持っています。

こういうまちだから、商売する方は必死。自分の商いに切磋琢磨する。料理屋なんかも、誰もが腕を競い合う。なにせ丁稚でも「あそこのうどん屋の出汁は、なかなか昆布がきいてうまい」なんて、仲間内で評価しあいますから。「創業が古いからええ」とか「天皇、将軍が召し上がったからええ」というような基準は、大坂ではまったく通用しません。鼻で笑われる。こういう過剰な、熾烈な自由競争主義、自由経済主義の中から世界最高峰の食文化、「くいだおれ」の食文化が生まれてきた。

『浪華下鏡』(泥棒番付)というのも庶民文化の極めつけでしょう。泥棒まで競争させられたわけですから(笑)まさに世界史上でも、特筆すべき庶民都市。それが大坂でした。じつに懐が深い。圧巻ですな。


2010年 1月 1日
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