宮中歌会始

かつて天皇は、恋歌を歌うことによって、国土の五穀豊穣を祈ったといいます。

「秋の田の 刈穂の庵の 苫をあらみ 我が衣では 露にゆれつつ」

天智天皇の歌も「秋の田」と「飽きた」が掛かっていて、「あなたに飽きられて庵の中で涙(露)に濡れています」という恋歌が暗示されているとか。また、この歌が面白いのが、当時は通い婚だから庵にいるのは女性ということになります。つまり天智天皇は女になりきって悲恋を歌っているんですな。男とか女とかいうセクシャリティを超えることで天皇の言葉に神性が付与される。その見事な倒錯具合。これが我が国が世界に誇る「百人一首」の記念すべき第一首ですから。ある意味、完全に変態文学で、だからでこそ尊く、素晴らしいともいえます(笑)男でもない女でもない超越者としての歌が言霊となって、大地や、稲や、水や、緑、木々の精霊たちに繁栄の祈りを届ける。

ちなみに江戸時代最後の孝明天皇まで、このような恋歌を延々と天皇は宮中で歌っていました。歌わなくなったのは明治天皇から。明治天皇は生涯で9万から10万ほどの歌を読んでいるそうで、歴代天皇の中でもダントツ。驚異的な数なんですが、佐佐木信綱が編集した撰歌集には恋歌はまったく収録されていないとか。

宮中で恋歌を読む代わりに、明治天皇はヒゲを生やして、白馬に乗って、軍服を着ました。ドイツ皇帝の真似をした。奇妙な、ヘンな時代でしたな。


2010年 1月 14日
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