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大阪日日新聞「澪標」コラム ソフトウエアの観光体感

2010 年 4 月 26 日

大阪日日新聞「澪標」のコラムです。

大阪あそ歩’10春(http://www.osaka-asobo.jp/)がスタートしています。6月6日まで大阪市内で105コースのまち歩きを実施。パンフレットをご希望の方は大阪あそ歩事務局までお問い合わせください=電話06(6282)5930。

 さて、前回のコラムでは大阪あそ歩は「まちの物語を体感するツーリズムだ」という話をさせていただきましたが、今回は、大阪のまちの物語の豊富さと、その可能性について話をしましょう。

 最近、大阪あそ歩に参加した、神戸の方から「105コースは凄(すご)い! なんでこんなに沢山(たくさん)あるの?」とお声を頂きました。確かに105コースというのは驚異的な数ですが、これはなにもむやみやたらに数を増やすことを目的としたわけではなく、大阪あそ歩のガイドさん、サポーターさんにまち歩きコースをご提案いただき、「大阪という都市の物語を体感しよう」と思って作成していくと、必然的にこれだけの数になった-というのが本当です。

 ご存じのように、大阪は戦災で焼けてしまい、また戦後の高度経済成長の乱開発やモータリゼーションによって、市中の堀川は埋め立てられて高速道路となり、「水の都」の景観は徹底的に破壊されてしまいました。奈良、京都の神社仏閣、神戸の異人館、長崎の中華街といった美しい景観エリアは残念なことに、あまり残っていません。

 しかし、大阪というのは非常に歴史が長い都市です。例えば平城京(710年)、平安京(794年)よりも古いのが難波宮(645年)です。歴史が長いということは、それだけ物語が豊富ということです。実際に難波宮の時代には上町台地に沿って「難波大道」が造られましたが、いまもそのライン上に「大道町」があります。大道自体は跡形もありません。その痕跡として大道町という地名が残っている。ハードはないけれど、ソフトとして語り継がれている。

 ここのところが非常に重要で、大阪あそ歩は「失われた大阪のまち」をガイドさんの語りによって再現します。ハードウエアの観光ではなく、ソフトウエアの観光なのです。豊かな想像力やイマジネーションが必要で、だから大阪あそ歩を楽しめる参加者は、非常に知的レベルが高いといえます。

 しかし、よくよく考えると、もともと大阪人は、こうした「形がないもん」を扱うのが非常にうまい集団なのです。この世に存在しない帳簿米を扱った堂島米市場を開いたのは大阪人でした。様々(さまざま)なグルメ料理を生み出したのは、大阪人の鋭敏かつ優れた味覚です。浄瑠璃、落語といった芸能文化を花開かせたのも大阪人でした。大阪人にソフトウエアを扱わせたら、これはもう天下一品で、どの他都市にも負けません。

 大阪あそ歩の最大の強みや可能性というのは、この大阪人の卓越したソフトウエアの活用能力といえるでしょう。ハードウエアではなくて、ソフトウエアの観光、まちの物語を体感する観光というものが、もっともっとクローズアップされれば、大阪が日本最大の観光都市になることも十分に可能性としてありえます。


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