神も、胸算用にて、かくはあそばし置かれし

『銀壱匁の講中』より
人の分限になる事、仕合せといふは言葉、まことは面々の智恵才覚を以てかせぎ出し、其家栄ゆる事ぞかし。これ福の神のゑびす殿のまゝにもならぬ事也。大黒講をむすび、当地の手前よろしき者共集り、諸国の大名衆への御用銀の借入の内談を、酒宴遊興よりは増したる世の尉みとおもひ定めて、寄合座敷も色ちかき所をさつて、生玉、下寺町の客庵を借りて、毎月身体譣議にくれて、命の入日かたぶく老体ども、後世の事はわすれて、ただ利銀のかさなり、富貴になる事を楽しみける。

『闇の夜のわる口』より
大坂生玉のまつり、9月9日に定め置かれ幸はひ、家々に膾、焼ものもする日なり。我人の祝儀なれば、客人とてもあらず、年々に、こと徳つもりて、大分の事ぞかし。氏子の耗をかんがへ、神も、胸算用にて、かくはあそばし置かれし。

人の世は変わりませんな。西鶴は恐ろしい。


2010年 10月 2日
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