上海から帰ってきて

上海の列車からの光景と、日本の列車からの光景を見比べて、ふと思ったこと。上海郊外と見比べて日本は、じつに空が青い。山が緑緑してます。

日本には梅雨があります。モンスーン地帯で台風も来る。高温多潤なんですな。だから稲作が成功したし、なによりも森が生まれました。

堺の仁徳陵は5世紀頃の人工建造物ですが、緑が生い茂って、いまは密林のようになっています。日本というのは30年も経てば、鳥が空から糞を落とし、木々が生えて、森と化していく。人間が手を入れなくても、勝手に緑が増えていく。これはまさしく神の恩恵です。

大陸の中国ではこうはいきません。万里の長城は人工建造物のままで、決して苔むすことはなかった。あれ、当たり前ですが、だれかが手入れしているわけではありません。空気が乾燥してますから、ずっと人工建造物のままなんですな。日本では考えられません。

また中国の大地も水を含まない大地だそうです。中国の黄土というのは、パラパラとした砂だそうで、森を形成するほどの水分は含まないとか。上海郊外も緑は少なく、灰色の大地ばかりが広がっていました。

じつは、いまから3500年前は、中国大陸は大密林地帯だったことがわかってます。いまの南米大陸、アマゾンのようだった。それが紀元前16世紀頃に殷や商といった青銅器文明が勃興したことで滅びました。青銅器の製造には大量の材木を燃やしますから、それ故に中国大陸から森や密林があっというまに消え去ったんですな。

中華文明にとって不幸だったことは、大陸の森は人間が一度でも手を入れると、自然に回復力がないという脆弱な森であったこと。中国は、世界初の青銅器文明、ものづくり文明が勃興しておきながら、それが古代史の段階でストップしてしまうのは、こうした自然環境に要因があります。

逆に日本には、森があるから、燃やすべき材木が大量に取れたから、森林を伐採しても30年で勝手に森が復活してくれたから、製鉄技術が耐えることなく、長く保たれることになりました。そして、それが日本人のものづくり文化、技術を維持することに繋がり、深く醸成され、近代化、現代のテクノロジー産業にも生きているというわけです。

堺でいえば、古代に古墳を作った土師たちは、中世には河内鋳物師となり、近世には鉄砲鍛冶屋、近代には刀・包丁鍛冶となり、それが現代の自転車産業へと繋がっています。なんと1500年という長きに渡って、ものづくりを継承することが出来た。これはすべて、日本が高温多潤の自然環境の島国であったことと、どれだけ伐採しても、勝手に再生してくれる、豊かな森の生命力のおかげです。

森は大切です。なんか宮崎駿みたいなこといってますが(笑) その恩恵を日本人は忘れてはいけません。


2010年 12月 29日
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