断想:利休忌2 利休の出自と阿弥衆の系譜

能楽師の世阿弥や観阿弥は人間ではありませんでした。「阿弥」とは阿弥陀仏の阿弥のことで、娑婆世界から解脱した「方外の民」であることを意味します。だからでこそ世阿弥、観阿弥は、昇殿して足利将軍の御前でも能が舞えたわけです。本来であれば、封建社会に属する人間であれば、そんな無礼千万はことは絶対にできません。

さて、ここで面白いのが、じつは千利休の祖先が、千阿弥という阿弥衆出身だったという説があること。利休の茶が中世の封建社会機構から、大胆不敵なまでに自由放逸であったのは、もしかしたら、こうした阿弥衆の祖父の出自というのも影響しているのかも知れません。


2011年 2月 28日
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