堺 三国ヶ丘の「鈴山古墳」と蜂田神社の「鈴祭(鈴占神事)」



堺の鈴山古墳の画像です。

近くにある方違神社の由緒によると、神功皇后が堺浦へ上陸して方違の祓をしたさいに「汝はここで永久に暁を告げよ」と金の雛を三国ヶ丘に埋めたといい、それが鈴山古墳といいます。毎朝、金鈴をふるような雞の声が響き渡り、そこから「鈴山」という地名の由来となったとか。むかしは節分の夜には鈴山の麓で夜を明かすものが多かったといいます。

神官がお祓いをするさいも鈴を降りますが、鈴の音色は「魔除け」になります。よく響き渡って動物が避けて通る。いまでも登山者、アルピニストは熊が寄らないように鈴を付けて山に登ります。人間よりも今まで聞いたことがない鈴の音に驚いて去っていく。鈴には、そういう効用があるんですな。古代人は大自然の中にいましたから、周りには熊や狼、猪など猛獣がたくさんいました。そういう環境でないと魔除けとなった鈴のありがたさはわかりません。

鈴繋がりで話をしますと、堺の蜂田神社にも不思議な祭りがありまして。蜂田神社では毎年、節分時に「鈴占神事」「鈴祭」というのをやります。土鈴を作って、夜明け前に、真っ暗闇の中で土鈴を12個割るんです。その割れた具合や音で月の吉兆を占う。ルーツはいつ頃かわかりませんが古代にまで遡るかも知れません。あまり世間には知られてませんが、神秘的で、素晴らしい神事で、ぼくは大好きです。

ちなみに、この蜂田神社の一族の蜂田氏から、東大寺大仏殿を建立し、日本初の大僧正となった大行基菩薩が生まれています。行基の母親は蜂田氏の娘でした。伝承では蜂田氏は渡来人だったとか。ぼくは「蜂田」という名前も奇妙で不思議な名前やな・・・と思っているんですが。これについては、また今度、機会があるときに書きます。機会あるかな?(笑)


2011年 3月 1日
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