都市の器(度量)~大阪は大坂に負けている~

NYや上海や釜山のまちを歩いて思ったことは町中、ゴミだらけ。いかがわしい勧誘チラシが乱舞して、路上には不法の屋台が出て、猥雑で、汚い。しかし、やたらと酒と会話と歌と音楽が溢れ、バイタリティに満ち満ちて、人間はすこぶる暖かかった。押し付けがましいほどに(笑)

改めて「まちとはどうあるべきか?」 そう考えるキッカケになりました。どこにいっても、チリひとつ落ちてない清潔な都市とやらが、人間の血が通った、真実の生活の場として、本当に正しい姿なのかどうか?

NYの肝っ玉かあちゃんのジェイン・ジェイコブズは「スラム街のどこが悪い!」と叫んで、清濁併せ呑む都市の多様性を訴えました。実際に江戸時代の大坂には、天下の富が集積する船場もあれば、天下一の花町の新町もあれば、死刑場の千日前もあれば、スラム街の長町もありました。都市の器(度量)の大きさでいえば、いまの大阪は矮小で狭量です。どこのまちも画一化されて、ゾーニングされて、個性を失って、面白くない。それでも日本の他都市に比べたら大阪は随分とマシな方だと思ってますが…。

大阪は大坂に負けている。じつに残念な事実。これからの大阪に必要なのは、まちの多様性(これは可能性と同義語ですから)を復活させること。そのために、ぼくは仕事します。


2011年 6月 2日
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