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  • イーハトーブの遠景

    東北は北上川が抜群に面白い。縄文文化の南進と、弥生文化の北進の衝突地域。その醸成が平泉の黄金信仰、宮沢賢治のイーハトーブの遠景となる。土地の力ですなぁ。 Check

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    2011年 7月 31日 | Filed under 雑感
  • 宮沢賢治『イギリス海岸』

    「その頃世界には人はまだ居なかったのです。殊に日本はごくごくこの間、三四千年前までは、全く人が居なかったと云ひますから、もちろん誰もそれを見てはゐなかったでせう。その誰も見てゐない昔の空がやっぱり繰り返し繰り返し曇ったり […]

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    2011年 7月 31日 | Filed under 雑感
  • 山女庵

    天然鳥獣料理(ジビエ)の達人の店『山女庵』さんは、ぜんぶ自分で食料を調達して、ぜんぶ自分で調理します。シカ、すっぽん、きのこ、山菜、うなぎ、川魚など、ぜんぶ自分で仕留める。完全予約制で、予約が入ると、「ほないってきます」 […]

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    2011年 7月 31日 | Filed under 雑感
  • 女夫善哉

    『夫婦善哉』の舞台となった法善寺のぜんざい屋の「夫婦善哉」ですが、かつては「めをとぜんざい」と書いて、また「女夫ぜんざい」とも書きました。 「夫婦」と「女夫」。これ、意味がまったく違います。「夫婦」は夫婦そのまま。「女夫 […]

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    2011年 7月 31日 | Filed under 雑感
  • この土(くに)のかたち

    大阪が産んだ知の巨人の系譜。小松左京(1931)より一世代ほど前なのが司馬遼太郎(1923)。 司馬さんはエッセイで「この国のかたち」を書きましたが、これ、もともとは「この土(くに)のかたち」だったとか。「土」と書いて「 […]

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    2011年 7月 30日 | Filed under 雑感
  • 竜馬がゆく

    http://www.tosainari.jp/ 土佐稲荷神社は元土佐藩邸跡。坂本龍馬もやってきましたし、龍馬没後は岩崎弥太郎が海援隊、九十九商会を引き継ぎ、ここで三菱を起業しました。また、この横にある西長堀アパートに住 […]

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    2011年 7月 30日 | Filed under 雑感
  • 織田作之助『大阪の可能性』

    「大阪人というものは一定の紋切型よりも、むしろその型を破って、横紙破りの、定跡外れの脱線ぶりを行う時にこそ真髄の尻尾を発揮するのであって、この尻尾をつかまえなくては大阪が判らぬ」 織田作之助『大阪の可能性』 Check

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    2011年 7月 30日 | Filed under 雑感
  • 57年ぶりの復活 堺・出島・住​吉の幻の奇祭 「鯨まつり」

    昭和29年(1954)以来に住吉大社に鯨がやってきました。堺・住​吉の幻の奇祭「鯨まつり」です。ほんとは鯨は堺の出島漁港から住吉街道を北上して住吉大社をお参りするのですが、道路使用に関して警察の許可が出ないということで2 […]

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    2011年 7月 25日 | Filed under 雑感
  • 天神祭・船渡御

    本日は天神祭・船渡御。 かつての天神祭の船渡御は現・大阪市西区にある御旅所・松島行宮​へ御渡りしていました。ところが戦後に地下水汲み上げなどによっ​て地盤沈下が起こり、橋桁が下がって船の橋下通り抜けが不可能に​。川下への […]

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    2011年 7月 25日 | Filed under 雑感
  • 大阪の妖怪譚 日本初の河童 「河伯」

    水の都・大阪には、かつて河童がいました。正確には「河伯」といいます。 『日本書紀』の仁徳紀11年(西暦322年)に「河伯」が仁徳天​皇の堤の造成を妨害して、それを防ぐために人身御供として武蔵国​の強頸(こわくび)を沈めて […]

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    2011年 7月 19日 | Filed under 雑感
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