安井武雄

安井武雄は東帝大卒ですが変わり者で、卒論に和風建築を取り上げて、そんな慣例がなかった東大建築コミュニティからは干されてしまい、そこを「おもろいやっちゃ」と野村財閥の野村徳七が拾い上げました。

東京ではあかんくても、大阪では許された。いま大阪・船場地区を代表する近代名建築の大阪倶楽部、高麗橋野村ビル、大阪瓦斯ビルヂングは、すべて安井武雄の手によるもので、これらは大阪人の懐の深さの証明であり、誇りといえます。


2011年 11月 3日
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