おおさか創造千島財団

相撲の後援者のことを「タニマチ」といいますが、このタニマチは大阪の谷町筋の「谷町」のこと。谷町は寺町で文化度が高く、船場の旦那衆の別宅(愛人付きww)も多かった。相撲の力士だけに限らず歌舞伎、文楽といった芝居関係者、俳人、歌人、画家といった文人墨客を囲っていた。こういう「タニマチ気質」が大坂の百花繚乱の芸能文化を支えました。

それが無くなってしまったのが、明治維新以降の話で、近代日本に官僚統制システムが導入されてから。江戸時代、傘職人の橋本宗吉は才能が認められて江戸留学しましたが、その資金は大坂の町衆(タニマチ)が出しました。ところが明治時代になると、夏目漱石は英国留学しましたが、これは文部省が金を出しました。国家はタニマチから税金を搾取して疲弊させ、国家にとって、自分たちの都合のいい人材、アーティストにだけ、資本を注入する構造が出来上がった。これは終戦後の戦後体制でも同じで、それどころか、より強固に、徹底されたように見えます。もはや現代日本のアーティストで、官吏のヒモツキ(補助金、助成金)以外で生きているアーティストなんて、ほとんどいませんから(そういう毒にも薬にもならないアーティストは、正直、まったく、ぼくは面白くない)。

基本的にアートや文化を支えるのは、ぼくは官吏ではなくて、町衆であるべきだと思っています。というのも、官吏は税金という「他人の金」を預かっているだけなので、責任感がまったくないんですな。どれだけ税金を注入しようとも、ハンコを押した官吏は、まったく自分の懐具合が痛まない。さらに2年後、3年後、4年後には違う部署に移ってしまって、進行中のプロジェクトとは一切関係ナシ!となったりしますから、これまた無責任極まりないシステムです。しかし、町衆は自分たちの資本でタニマチをやるわけですから、後援するのも真剣に選択せざるを得ません。真剣だから、自然と自分たちの審美眼を磨きあげていく。大坂に西鶴や近松や上田秋成や蕪村といった、ほんまもんのアーティストが誕生してきたのは、ほんまもんのタニマチがいたからでこそ、です。

「おおさか創造千鳥財団」のような財団がもっと出来て、町衆が文化、芸術を担うという当然の風潮がもっと盛んになってほしい。ほんまもんのアートには、ほんまもんのタニマチが必要です。

■おおさか創造千島財団
http://www.chishimatochi.info/found/


2011年 12月 25日
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