江戸の二大アジール

大阪に七墓というアジールがあるように、江戸にも二大アジールがあります。浅草と品川です。

浅草は「小塚原刑場」と「吉原遊廓」。奥州街道(日光街道)という街道沿いにあって、さらにその先には境界としての荒川があり、非人頭の「車善七」の本拠地でもありました。

品川は「鈴ヶ森刑場」と「品川遊郭」。こちらは東海道沿いで、境界線としては多摩川が流れ、こちらも非人頭の「松右衛門」の本拠地。車善七と松右衛門のふたりで、江戸の全非人の80パーセント以上を掌握していたといいますから、江戸の闇社会を牛耳っていたのが浅草と品川でした。

さらに浅草は江戸城の東北(鬼門)に当たり、江戸城と浅草のあいだには徳川家の祈願所であった寛永寺があって、江戸の聖地であり、守護の要です。ちなみに寛永寺には、4代家綱、5代網吉、8代吉宗、10代家治、11代家斉、13代家定の計6人の徳川歴代将軍が眠っていて、鎮護の神となっています。

また品川は江戸城の南西(裏鬼門)にあたって、江戸城と品川のあいだには、これまた徳川家の菩提寺である増上寺があり、聖地化されています。こちらも2代秀忠、6代家宣、7代家継、9代家重、12代家慶、14代家茂と6人の徳川歴代将軍が眠っていて、これまた鎮護の神扱いです。

あと徳川将軍が眠っているのは江戸の真北にある日光東照宮で、こちらに初代家康、3代家光がいます。この2人は徳川将軍の中でも特別扱いなんでしょう(といいますか、日光に家康を祀り、さらに自分も入ったのが家光。日光―寛永寺―増上寺というラインは、家光が画策した江戸鎮護の結界なんですな)。一庶民となった最後の将軍・15代慶喜は、谷中霊園で普通の人扱いであるのも、そういう象徴といえます。

奇妙なのが江戸城から鑑みて裏鬼門(品川)方向には東京タワーがありますが、鬼門方面(浅草)に建てられたのが今度の東京スカイツリーであること。どこまで計画的で、誰がそういう意図をしたのか不明ですが、土地の霊(ゲニウス・ロキ)というのは、そういう表れ方をして、まちというものを形作っていく。その証左といえます。


2012年 6月 19日
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