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2012 年 9 月 のアーカイブ

人智を超えた「祭」の力

2012 年 9 月 26 日 Comments off

屋島を挟んで源平の船が並ぶ。このとき平家は一隻の船を出して、そこに扇の的を掲げた。源氏は、それを見て、弓の名手・那須与一を出す。もし的を外せば、死ぬしかない。決死の覚悟で「南無八幡大菩薩」と呟き、那須与一は矢を放ち、見事に扇の的を射ぬく。天晴。すると平家はなにもいわずに海域から去っていく・・・。

同等の、2つの力が対峙したときに、自然発生した事件。これは一種の神事です。ここにあるのは論理ではなく、人智を超えた「祭」の力。この有無をいわさぬ説得力。

どうしようもない、愚かな人間の争いを収めるのは、政治ではなく、祭だったりします。つまり、祈りや願いが、人間社会には絶対に必要ということです。

こういう知恵もあるんですが・・・。

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さらば豊島

2012 年 9 月 23 日 Comments off

さらば豊島。また会う日まで会える時まで(きよひこおざき)

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「大阪あそ歩」が観光庁長官表彰を受賞!!記念の特別まち歩きを実施します!

2012 年 9 月 22 日 Comments off

「大阪あそ歩」が観光庁長官表彰を受賞!!記念の特別まち歩きを実施します!
https://www.osaka-asobo.jp/news#90

このたび「大阪あそ歩」が観光庁長官表彰を受賞しました!そこで普段から「大阪あそ歩」を支持、応援いただいている参加者、関係者の皆様方への感謝の気持ちを込めて、記念の特別まち歩きを実施します!大阪あそ歩のまち歩きは、通常は参加費が必要ですが受賞記念まち歩きは無料で実施いたしますので、まだ「大阪あそ歩」を体験したことがないという方も、ぜひこの機会に是非ご参加ください!詳細情報、参加ご予約につきましては以下のリンクをご覧ください。

■11/1(月)10時
2008年秋、「大阪あそ歩」はこうして始まった!
「異文化のまち・コリアタウン」~日本最古の橋から猪飼野、御幸通まで~

■11/1(月)14時
2008年秋、「大阪あそ歩」はこうして始まった!
「祈りのまち・住吉を歩く」~1800年の歴史を刻む住吉津の物語~

■11/17(土)10時
御堂筋には不思議がいっぱい!~キタからミナミへ謎解きの道~キタルート編

■11/17(土)14時
御堂筋には不思議がいっぱい!~キタからミナミへ謎解きの道~ミナミルート編

皆様のご参加を、心よりお待ちしております!^^


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イヴァン・イリッチ『脱学校の社会』

2012 年 9 月 15 日 Comments off

精華大学の学生さんにプロデュース論をやる仕事が来たと思ったら、今度は西宮の今津高校の生徒らに大阪・千日前のまち歩きの特別講師の仕事が決まりました。ありがたい話なんですが、大学、高校にいってない自分が(15のぼくは高校、大学なんか入っても意味ない!と思ってたわけですから)大学生、高校生に何事か教えるというのは、じつに奇妙な気分でして・・・まぁ、日本の教育現場が変わりつつあるということなんでしょうか。

「個々人にとって人生の各瞬間を、学習し、知識・技能・経験をわかち合い、世話し合う瞬間に変える可能性を高めるような教育のネットワークをこそ求めるべきなのである」

イヴァン・イリッチの『脱学校の社会』より。蓋し名言。然り。然り。然り。


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堺と大阪のハーフ

2012 年 9 月 13 日 Comments off

ぼくは「大阪生まれ・堺育ち」で「堺と大阪のハーフ」であることが密かに自慢なんですが。この2つの商業都市は似てるようでまったく違う。いろいろと違いはあるんですが、決定的なのは成立した時代が違うんですな。つまり堺は血で血を争う戦国時代の商業都市であり、大坂は天下泰平の江戸時代の商業都市であること。

人を殺す道具(武具、鉄砲)で儲かったのが堺です。「死の商人のまち」であったこと。お金を儲けることは、つまり人を殺すことだった。これが堺の町衆のメンタリティに非常に大きな影響を及ぼしてます。こういう都市であったからでこそ、あの千利休の「数寄」の茶道が誕生してきます。

人生七十 (じんせいしちじゅう) 
力囲希咄 (りきいきとつ)
吾這寶剣 (わがこのほうけん)
祖佛共殺 (そぶつともにころす)
堤る我得具足の一太刀 (ひっさぐるわがえぐそくのひとつたち)
今此時ぞ天に抛 (いまこのときぞてんになげうつ)
天正19仲春二五日 利休宗易居士

この『利休遺偈』の激しさ。深さ。怖さ。白刃の上を歩くかのような、ぎりぎりの覚悟を持って、商いや侘び茶をやっていたのが堺の町衆です。だから江戸幕府ができて、天下泰平になったさいに、堺はほっと肩の荷を下ろしてしまった。そして、ようやく普通のまちになれる、というんで、以後、商業都市を目指すことはなくなり、その座を大坂に明け渡しました。

大坂は、そういう意味では恵まれた時代に発展した商業都市です。お気楽な拝金主義が生まれたのも大坂で、しかしそれが元禄バブルの崩壊で一夜の夢と化す・・・ということを経験したのも大坂。その栄光と挫折から大坂に「粋」(すい)や「心中」の文化が生まれてくるわけです。

このあたりのことを踏まえて、堺と大坂の都市比較論をいっぺんやってみたいんですが・・・。


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堤防の上から

2012 年 9 月 7 日 Comments off

南三陸町を襲った津波の高さは20メートルほどにも達したとか。ビルの4階から5階ほどです。堤防の高さは5.5メートルほどでした。

写真は残った堤防の上から。

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