【大阪七墓巡り復活プロジェクト特別企画】7/14(日)19時よりEARTHにて岸井大輔×むつさとし対談「都市とは劇場かつ墓場であり、都市遊歩とは観劇かつ巡礼である!」のための、プレ公開チャット(B面)

【大阪七墓巡り復活プロジェクト特別企画】7/14(日)19時よりEARTHにて岸井大輔×むつさとし対談「都市とは劇場かつ墓場であり、都市遊歩とは観劇かつ巡礼である!」のための、プレ公開チャット(B面)です。陸奥賢と岸井大輔は、昨年24時間トークイベントをするなど、話し出すとエンドレスに対話出来るのです。が、おそらく、日本語の対話は、文章でなされていたと思います。「はなす」は話すであり放す、ほっぽるイメージですが、「かく」は書くでありながら、欠く、引っ掻いて残す、みたいなイメージがある。文字で、対話を書き残しながら生産することで、何か出来るんじゃないかと思います。ルールは岸井、陸奥が、お互いのフェイスブックページに作った1つの同じ投稿に対し、1日おきに昨日までのコメントを踏まえコメントを投稿する。投稿は1つの近況について1日1回それだけです。この投稿の下に、陸奥プロデューサーと岸井の投稿が毎日くりかえし現れるでしょう。

———————————————

5/14 むつ投稿

「話す」は「離す」「放す」。「書く」は「欠く」「掻く」に通じるというのはまったくもってその通りや思います。

それで思いついたことは「話す」と「歌う」の違いですかね。ぼくは「歌う」は「ゆたう」に通じると考えていて、古代日本人は「話す」(離す、放す)ことに対する忌避感がありながらも、しかし「歌う」(ゆたう=ゆさぶる)ことは素晴らしい・・・みたいな信仰を感じます。明らかに「はなす」と「うたう」について使役するさいの意識がちがう。今回の試みは「書くこと」の交換になりますが、ぼくは「歌うこと」の交換もいずれやってみたいと思ってます。

じつは「カラオケ」ってそれをやってる気もしますが・・・岸井さんとカラオケをしよう!企画とか意味わからんですがww

———————————————

5/15 岸井投稿

交換と観客のことを最近考えています。

観客とは、その場にいる人の中で、自分は見られないで他人を一方的に見ることを宣言し、許されています。いわば透明人間のような存在ですが、透明なわけではない。近い存在に、神とか霊がいます。そう、まれびとです。観客は、共同体の外部から来た客人なわけです。

このことをベタに考えると、舞台と客席の間にあるのは、共同体の界である、ということになります。道祖神でも立ててやりたい。

僕が、陸奥さんとやりとりをするのは、まさに相互が観客になりうる、つまりしょっているコミュニティが違うからですね。

なので、大阪と、東京のご当地ソングを、双方が客に成って聞く会というのはどうでしょうか。

———————————————

5/16 むつ投稿

「観客」については最近、ぼくもよく考えています。岸井さんのいうように、本質的には観客はマレビト的な存在であったはずなのに(それはもちろん、どんな社会でも通用する交換通貨=資本という概念が生まれた以降の話だと思っていますが)いま、やたらと共同体内、コミュニティ内で「観客」が消化されすぎていないか?という懸念です。

たまにぼくも世の中のイベントや企画にいったりしてますが、これ、大体、「facebookの誰か(友人)」に招待されたイベントだったりします。要するに「関係性の中での観客」なんですな。ぼくは寂しがり屋なので、誰もいないイベントとかいったら、すぐ身の置き所がなくて、そそくさと帰ったりしてしまいますが、「それでええんやろうか?」とよく思っていて、まったく誰にも招待されずに、誰もぼくの知り合いなんていない、まったくぼくが興味・感心などないイベント(例えば「笑顔と愛嬌を振りまいていればお金は稼げるんです!」みたいなビジネスセミナー\(^o^)/オワタ)に・・・要するに「完全アウェイなイベント」に飛び込んでやろうか?とか思っているんですわ。これは結局のところ、「観客らしい観客」「マレビトとしての観客」になりたい願望やと思ってます。そうすることで、ぼくは新しい世界を獲得するだろうし(してどうするんだ?ということもあるんですが)、イベントをする側も、そういう「他者」「マレビト」を納得・説得・面白がらせることができるか?ってとこで練度やレベルが上がっていくわけですから。

コミュニティや共同体だけで問題が収束できた、自己解決できたような幸運な時代は終わり、それを超えた問題(これをいうのはアレなんですが、放射能汚染は国境とか民族とか時代を超えた問題です)が急速に進行する時代にあっては、そういう「他者」を常に意識したアプローチがさらに求められるであろうし、ぼくはそういう意図を含んだ何か?をやりたいとずっと考えています。でもそれを実行するには難しいから(これはほんとに難しいです・・・まさに天才の仕事でしょう)、その前に、まず、せめて「観客らしい観客」「他者としての観客」「マレビトとしての観客」であることは可能なのではないか?と思っているんですな。

テキトーなイベントを集めて、サイコロを振って、「岸井さん、ヘイトスピーチのデモに参加してください」みたいなことしたいですね。世間ではそれを「罰ゲーム」といいますけどもww

(すいません。「観客=神霊」っていうのはエライ話になりそうなのでちょっと脇においておきますw)

———————————————

5/18 岸井投稿

>観客はマレビト的な存在であったはずなのに(それはもちろん、どんな社会でも通用する交換通貨=資本という概念が生まれた以降の話だと思っていますが)

とおっしゃっていることへのツッコミから始めたいと思います。まず、そうなんです、そのとおり。簡単に柳田とか文化人類学とか観光人類学とかを復習すると、本来の祭は余所様にみせるもんじゃなかった、それが観光化することで、マレビト観客はうまれ、まるではじめから観客がいたように祭りがデザインされなおしている、ものを我々は観ているのである。

それはそのとーり、なんですが、しかし、最近わからなくなってしまって。

人間は問題をコミュニティで自己解決してはいなかったんじゃないか、と考えています。コミュニティで閉じてたら、解決しない問題を、マレビトが来ると解決するってことありませんか。DVとか。

観客の欲求として、よくわからないイベントに参加してみたい、というのもあるでしょうが、最近興味があるのは、たとえば「コミュニティの必要としての観客」です。

***

ちょっと別の話をします。

コミュニティや共同体だけで別の話が出来た幸運な時代は終わりました。さて、どうしましょうか、といったときに、最近よくはなすのは、コミュニティの中間団体化が必要なんじゃないか、ということです。説明します。

日本に限らず多くの近代国家は、市民が直接国とやりとりするのは大変なので、間接的に意見を通す方法を考えてきました。その一つが中間団体です。町会とか商店会とか農協、ですね。住民の側からすると、自分たちの意見を代理してくれ、国の側からすると、その人たちの意見を聞いていればある程度民意はわかる、という団体です。ついでに、行政の仕事を肩代わりしてくれる責任を持ってくれると助かります。

日本国家は特に戦後、中間団体を助成金漬けにして骨抜きにし、国の意見を聞く良い子を育てる機関にしてしまったし、中間団体の側も私利私欲での圧力ばっかり書けてきたので、あんまりよい印象がないんですけど、間接民主制で国をまわすんなら本当は良い手のはずです。経済での問題解決が難しくなってきた以上、これからは健全な中間団体が必要になる。

んで、NPOを育てたり、コミュニティを育てたり、20年ばかり官民学一体になって頑張ってきました。そんななか、従来の中間団体は見事に空洞化し、たとえば商店街はいまだに既得権益はもっていますが、構成員が見合わなくなってきているわけです。新しくできた団体は、コミュニティとしてリアリティがあるか、行政とのお付き合いにリアリティがあるかのどっちかである事が多く、両方に顔がきかない。

なので、コミュニティが中間団体となる、というのが、これからの10年の方策だと考えています。

長い話になるので、一旦とめて、陸奥さんにマイクまわします。

———————————————

5/19 むつ投稿

「コミュニティが中間団体になる」については、ついこのあいだ、ココルームでゆうこちゃんと話をしていました。「商店街にあるココルームの立ち位置って?」って話でそういう流れになりまして・・・ぼくは、さらっと流しましたが、岸井さんともそういう話がでてくるとは思ってなかったです。シンクロニシティですなw

ぼくは「中間団体」は結局のところ、連鎖反応していく・・・と考えてまして。要するに「住民と行政」のあいだに中間団体を作る。ところが、やはりいろんな問題は起こり、今度は「住民と中間団体」「中間団体と行政」のあいだに2つの「新・中間団体」ができる。しかしそれでもやはり諸々の問題が発生し、さらに今度は「中間団体と新・中間団体」のあいだに「新新・中間団体」ができ・・・という細分化(セグメント)が起こり、結局、全体として機能不全に陥っているのがいまの日本社会ではないか?という風に考えてます。

だから、仮に「まちで何かをやろう!」と行政と話をしてみても、まず「都市なんとか課」があり、その後「市民なんとか課」があり、さらに政令指令都市の場合では「区民なんとか課」があり・・・というわけで、往々にして「もう訳わからん!」といった状況になるわけですw

これを打破するにはどうすればいいのか?「中間団体に当事者性をもたせる?」「当事者が中間団体になる?」。たぶん、そのどちらでもあるんでしょうけども・・・。

———————————————

5/21 岸井投稿

なるほど。以上を無理矢理要約すると、「コミュニティ外の目線をもった観客は必要だが、コミュニティが外で繋がる仕組みをつくろうとすると、往々にして、わけわからんことになる」ということですねw

この問いの回答を、私たちは、去年24時間かけて探りました。つまり、コミュニティの「自治」問題です。ポイントは2つありました。復習します。
まず、中間団体を複雑化させない規模・範囲として、従来の藩がいいんじゃないか、ということから「廃県置藩」というキーワードが生まれました。国家を維持しながら、担い手を世代交代させるには、この程度の地方分権は必要だと思われます。

しかし同時に、中間団体は幻想に基づいているので複雑になったのではないか、という話もしました。中間団体がつなぐのは、国と個人、すなわち、近代国民国家と市民個人です。が、この両端がそもそもモダンの幻想であって、賞味期限切れを起こしている。今は、ネーション=ステートの代案を考えなければならないわけです。そこから陸奥さんも岸井も、新聞(しんぶん)、講(保険)などの再私有化や、宗教儀礼の研究実験、果ては文明(蚕)や個(界)の存立条件にまで手をだしている訳です。話が大きくなるばかりで現実と結びつけるのがなかなか大変でした。

昨年話さなかった点をもうひとつ指摘させてください。戦後日本社会の「自治」のイメージは簡単でした。経済的自立です。しかし、これから不況が続く中、経済的に自立は困難になるでしょう。でも、継続した方がよいコミュニティは多い。基本的人権のように、基本的コミュニティ権は認められるべきです。コミュニティと外を繋ぐ道として、経済がダメになったので、中間団体化=仕組み化が実装目標であろう。しかし、国も市民も幻想であることを知っている。では、どうしたらいいか。

ここで、対案として出てくるのが、歌かもしれません。あるいは、僕には同じ事ですが「ふり」かも知れません。つまり、エートスです。

アリストテレスがいうエートスは、共同体を越える説得力を持つ習俗であり倫理であるものを指しています。理論上は変に感じますが、そのようなものの良い例、それが歌なのです。

歌はコミュニティを越えて、種族や文化や文明を越えて響き合うことが出来る。つまり、中間団体の欺瞞を越え、仕組みに関する様々な提案の空疎さを越えるものこそが、歌なんじゃないか。

———————————————

5/22 むつ投稿

えらいこっちゃ・・・一挙にまとめはりましたねww 

アリストテレスがエトスとして「共同体を越える説得力を持つ習俗であり倫理であるもの」と指摘したのは理解できます。確かにエトスにはそういう一面がありますから。ただ、ぼくはじつはエトスといっても二種類あるのでは?と思っていて、それはアリストテレスがいうような「共同体を超えるエトス」と、もうひとつは祭礼や風習に代表されるような「共同体を確認するためのエトス」ではないか?と思っています。

「漢字」というのものは共同体を超えた言語体系です。日本、中国、台湾はいまでも漢字が使用され、かつては韓国、ベトナムなどでも使用されていました。「仏教」というのも共同体を超えた宗教体系でしょう。これはインド生まれですが、チベット、タイ、インドネシア、シンガポール・・・漢字よりも広く知れ渡っているアジアのエトスといえます。

こういう共同体を超える「アリストテレスのエトス」に対して、「いや、これは他の民族、他者には容易にはわからないぞ」というのもエトスの中にはあります。アフリカでは女性が妊娠してから子供を産むまでのあいだに、どれだけその妊婦とセックスしたか?その回数で、生まれてくる子供の父親が決まるという種族があるとか。おなかの中の子供は精子を食べることによって成長するので、胎児を育てて出産まで成長させてくれた男こそが父親の資格があるというわけです。「悪い子はいねが~!?」といって鬼が家の中に入り込んで暴れまわる。男根と女陰の神輿を担いでまちなかを練りまわる・・・こういうエトスは容易に共同体を超えません。越えませんが、その部族や種族、共同体の中ではアリストテレスのエトスよりも、強烈なエトスとして作用する。それがわかるか?わからないか?できるか?できないか?によって共同体は共同体として確認され、維持される。こういうエトスも確かに人類の中にはあります。

歌はエトスである。しかし、そのエトスは「アリストテレスのエトスなのか?それとも共同体のエトスなのか?」という問いがまず必要だろうと思っています。そしてじつは歌というものは、そういう「エトスの両義性」をもっている「稀有なエトス」であり、それがゆえに素晴らしい・・・ということなのでは?と思っています。

(歌が内在する両義性については、ちょっとちがう話も思いついたんですが、それはまた今後で・・・。書いてると長なりそうなのでww)

———————————————

5/23 岸井投稿

では、さらにまとめましょう。

歌には、2種類ある。「共同体を確認するうた」と「共同体を越えるうた」
観客にも、2種類ある。「共同体内の観客」と「他者としての観客」

この2×2の歌と観客の組み合わせで、私たちはいろいろな話ができるんじゃないかと思いますが、まず最初に、いささか気ぜわしいですが、
「共同体を確認するうた」×「他者としての観客」
こそ、むつさんや僕が興味のあることなんじゃないですか。

これが、コミュニティツーリズムであり、劇場です。あるいは、「都市遊歩とは、観劇であり巡礼である」という言葉の意味でしょう。

あとで、遊(歩)と、歌の繋がりを考えてみたいと思いますが、この図式自体が大きいので、一回むつさんに返します。

———————————————

5/24 むつ投稿

さらにまとめられてしまったww

気にせずに「歌の両義性」について話をします(岸井さんがまとめるなら、ぼくはとっちらかしたほうがええかな?ということでw)

「小倉百人一首」の一番最初は天智天皇の歌「秋の田の 刈穂の庵の 苫をあらみ わが衣では露に濡れつつ」です。この歌の大意は「秋の田んぼの稲を刈るために仮庵で寝過ごしていたら衣が朝露で濡れてしまった」というような田植え歌であり、収穫を祝う歌です。ぱっとみると平凡な歌なんですが、でも、じつはこの歌には裏の意味があって、それは「あなたに飽き(秋)られてしまったので、もはや自分のいる場所が仮の庵のように儚く感じられ、衣も悲しみの涙で濡れています」という失恋歌だったりします。

みんなの田んぼの豊作を祝祭しながら、個人の密やかな失恋を呪詛する。この相反する両義性の同居こそが歌の神髄なんでしょう。またさらに面白いのが、この失恋の主人公はどうも女性っぽいのですが、それを謳っているのが男性である天智天皇であるということ。ここにも男と女という性の両義性が同居しています。二重、三重にコトバの価値転換や多義化が行われて、複雑極まりない構造となっている。「小倉百人一首」の一番はじめを飾るに相応しい、じつに歌のお手本のような歌なんだと思ってます。

じつは歌がそうであるように、「観客」という存在も、2種類あると考えるのがそもそも間違いなのかも知れません。共同体の人間であり、他者であり、マレビトであり、当事者であり・・・というような「観客」ってのもあるのではないか?「観客の多義化」のようなことが仕掛けられないだろうか・・・?

ぼくがなりたいのも、こうした「多義的な観客」だったりします。残念ながら、いろんなイベントに出ていますが、まるで、そんな観客になれることはないのですが・・・。

———————————————

5/26 岸井投稿

多義的な観客!それは素敵なアイデアですね。しかし、恐らく、遊歩をしている人は、多義的な観客ではないですか?

本当なら、美術館にいようとトークイベントをきこうと劇場にいようと、上演に立ち会うというのは多義性の中にさらされるという事であって、事前に決めつけていたフレームの中で完結してしまったら、観客したことにはならないと思っていますが、ハコの中でそれをやるのは難しい。というのも、美術館であれ劇場であれ、近代に出来た鑑賞装置は、観客を一義的にするために造られている訳ですね。パノプティコンに、歌はないのです。

さて、僕が思うに、歌を消そうとした時代は近代だけじゃない。天智天皇に引っ掛けて言うなら、たとえば大化の改新なんかは、多義性の消滅をねらったんじゃないかwと思うのです。制度が歌を主滅指せようとしたからこそ、万葉が生まれたんじゃないでしょうかね。逆に世界に歌があれば、歌を読む必要なんてない。よい歌が生まれるのは、不幸な時代の証かもしれないですね。

現代の日本は、もっとも歌から遠い、マネジメント地獄。なので、もっとよい歌が出てきても良いと思うのですがね。

———————————————

5/26 むつ投稿

「パノプティコンに歌はない」・・・かっこよすぎますww 確かに近代は観客というものを一義的にし、企画化し、大衆化し、資本化しました。

遊歩、逍遙、フラヌールするひとは、まさしく「多義的な観客」になりえます。しかし、哀しいかな。そういうひとはまち歩きには来ないし、ぼくのガイド、ぼくのまち案内でもなかなか「多義的な観客」は生まれてこないです。こういうのがいやになって、どうすれば「多義的な観客」の場を創出できるだろうか?ってことで、とりあえず「観光」でやる前に「メディア」でやってみようと「まわしよみ新聞」をやった・・・ってところがあります。自然発生的に広がり、伝播し、いずれ「多義的な観客」が生まれてくるかも?という予感のようなものは感じていますが・・・。

岸井さんの、しんぶん部ではどうやったんでしょうか?5月でグランドフィナーレのようですがw

歌を消そうとした時代・・・ありますね。その話で、思いついた話がありますが、また次に書きます。長くなるのでww

———————————————

5/27 岸井投稿

多義性を殺す要因は、話言葉にある、なぜなら、話しているとわかりやすい事=いいこと、という封になってしまうから、というのがデリダの喝破でしょう。それが正しいなら、なぜ、陸奥さんのガイドの客は多義的にならないのか?という問いへの答えは、おしゃべりだから、です。黙っていればよい。だから問題は、説明を求める観客にあるんじゃないか。みんな勤勉です。おもろい!より、わかる!と言いたいのですよ。私たちはそれに、サービス精神でのっているんじゃないかと思います。

———————————————

5/28 むつ投稿

「なぜ陸奥さんのガイドの客は多義的にならないのか?おしゃべりだからです」・・・ぎゃー!!あっさり看破されてしまいましたww ぼくとしては、ぼくを黙らせるぐらいの多義的な客を!ってことだったりもしますが、まぁ、そんな客は多義的というよりも単純に「ビョーキな客」ですな。

気をとりなおして「歌」の話をしましょう。「君が代」です。やはり「歌」というテーマを扱う以上、これはどうしても避けて通れない。「あなたにとって君が代とはなんですか?」と問うことが、「歌」というものに対するそのひとのスタンスを表明するとも思ってます。

じつは「君が代」の元々は『万葉集』にある「挽歌」である・・・という説があります。大阪の姫島というところで歌われた歌に「妹が名は 千代に流れむ 姫島の 小松がうれに 苔生すまでに」というものがあり、これが古今和歌集に収録されている詠み人知らずの「君が代」の本歌(元歌)になったというんですな。この挽歌については「和銅4年(西暦711年)歳次辛亥、河邊宮人姫島の松原に孃子の屍を見て悲しび歎きて作る歌」というのが『万葉集』での説明です。ある旅人(河辺宮人・かわべのみやひと)が姫島を訪れると、若い娘が亡くなっていた。あなたは亡くなったが小松に苔が生したとしても、わたしは永遠にあなたのことを忘れはしない・・・というような意味です。このカワベくんとお嬢さんとの関係性はようわかりません。ようわかりませんが、男女の仲であったと考える方が自然でしょう。

また「君が代」は遊郭の歌、色歌でもありました。中世戦国時代に大阪・堺で活躍した日蓮宗顕本寺の僧・高三隆達(1527-1611)の『遊里図』(菱川師宣筆?六曲一双)という屏風に、遊郭の光景と当時流行したいろんな色歌が掲載されてるんですが、この中にズバリ「君が代」が入ってるんですな。隆達は「隆達節」という俗謡を広めたひとで、我が国初の元祖シンガーソングライターです。さらに「君が代」の作曲の話をしますと、明治時代に節(メロディー)がつけられたわけですが、この作曲者が「林広守」さん。この林さんは大阪・天王寺の伶人町の一族です。天王寺舞楽の楽人出身なんですな。要するにぼくがいいたいのは、ぼくは大阪生まれ、大阪育ちの生粋純粋培養の「濃縮大阪人100%」の大阪人ということもありますが、「君が代は大阪の歌や!!」と主張してはばからないわけですw だから、ぼくは「君が代」が好きで、「君が代」を歌うこともまったく抵抗がありません。わが愛する「郷土の歌」なんですから。

しかし「君が代」の「君」というのは、本来、時代によって松原のお嬢さん(死体)だったり、遊郭の女性だったりしたわけですが、現在の「君が代」は卒業式や入学式で歌われて起立するかしないか?で先生を罰則するという歌になってます。これはこれで、まさに「歌は世につれ、世は歌につれ」といえますが、歌というものの本質がここにあるという気がしていて、つまり歌というものは多義的であるがゆえに素晴らしいんですが、それをなにか(誰かが)一義的なものにした途端、非常に貧しくて、つまらなくて、困った状況が現出するというわけです。

「君が代は大阪の歌だ!」とぼくが主張するように(もちろん、これはぼくに中のナラティブであって、べつに他人が「君が代」をどう解釈したっていいと思ってます)、いろんなひとが、いろんな主張を込められる「歌」が素晴らしいわけです。それを許容する精神が「歌」には求められる。むしろ、この精神が立脚していれば、どんなコトバも歌になる・・・という気がしています。しかし近代というやつは、そういう多義性を排除します。理路整然と、一直線に、純粋に、意味というものはなされていないとコトバとして認められない。曖昧模糊、胡乱、うやむや、どっちつかずなんてコトバは到底は許されない。そういうコトバではディベートできないし、ビジネスできないし、近代が作れないから、でしょう。だからいまという時代に「歌」が生まれてこないんでしょう。

———————————————

5/31 岸井投稿

僕はむつさんのガイドは歌になっていると思いますよ。なぜなら、ほとんど嘘でしょwというか、自説を事実であるかのように強引に語り、それを事実化させる芸なんです。これ、虚実皮膜の間を生きる近松の芸ですよ。

ぼくがやっていることも虚実皮膜ですが、やり口が反対です。すなわち、単なる事実を劇と言い張る行為ですね。

むつさんの上演(←まちあるきのガイドを、上演といいはる岸井の芸ですね。)がおもしろいんだとしたら、博識さとか説明の上手さじゃない。一義の実を、虚を混ぜることで溶かしてしまおうという冒険にあります。この一つ上の書き込みでも、いろんなナラティヴのひとつとして自分がいる、とむつさんは主張しているし、その顕現のひとつはあきらかに大阪あそ歩ですよ。ガイドさんの数だけ(いや、ガイドさん一人ひとりに一貫性はないので、ガイドさんの数以上のw)大阪をあらわし、都市を多義に開こうとしている。

それを、むつさんは、巡礼と呼んでいるんじゃないか。

***

君が代はとてもよい「共同体を確認するうた」です。国民国家が崩壊してくる理由を、国家の都合(経済と統治の効率の問題)にするとキツイので、国民の問題にしちゃおう、というのがファシズムですね。共同体を確認するうたは、ここで、国民国家に利用されてしまいます。生贄にささげられたお姫様のように。昨今の君が代日の丸問題をみていると、愛国心というよりも、騎士精神が疼きますよ。君が代日の丸を悪用しようとするやつらから、助けてやるぜ、と思う。しかし、この騎士に必要な力は武力じゃないんですね。何か。多義に開く力、歌唱力ですよ。

———————————————

6/1 むつ投稿

基本的に「真実3割に嘘8割。足して11割」というのがぼくの話芸です。「真実が3割もあるのがすごい。イチロー級です」と続きますw

岸井さんが「天上天下唯我演劇」の「演劇至上主義者」だというように、ぼくには「物語至上主義者」の一面があります。日本というのは戦後ずっと「物語」を排除してきました。それは「神国」だとか「五族協和」だとか「大東亜共栄圏」だとか「最終戦争論」だとかいう「偉大なる物語」で郷土をボロボロにした・・・ということの反動なんでしょう。物語というのは人間を人間離れさせ、英雄、梟雄、奸雄にするような恐ろしい作用力をもっています。人間を酔わせるんですな。しかし、だからといって、物語を怖いと排除してしまうと、それこそ「物語への耐性」がなくなり、単純で、幼稚で、馬鹿げた、子供だましの物語に、まんまと乗せられてしまう。そうならないためにこそ、じつは「物語」が必要になってくるわけで、それは「大きな物語」「偉大な物語」なんてものではなく、「小さな物語」でええんですな。ぼくがまち歩きでやったことは、そんな市井の、平凡な、なんでもない、「小さな小さな物語」を、たくさんたくさん集めることでした。小さいけれども、誰も知らないけれども、「自分だけの物語」「等身大の物語」をもっていることで、「巨大な物語の陥穽」から逃れることができる。見破ることができる。また大阪はそういう物語の宝庫の都市やったんですな。そない大きい物語はないです。しかし小さい物語は無数にある。ええ都市に生まれたなぁと思ってますよ。

ええっと「君が代」の話に続けて「日の丸」についても思いついたことを。雑談ですが。

ぼく、「日の丸弁当」って好きでして。あれは、しかし政府推奨で、太平洋戦争のさいに「興亜奉公日」や「大詔奉戴日」に食べてたんですな。戦争の最前線の兵士も食べていた。それで「お国のために戦う兵隊さんにお米を食べてもらおう!」と内地の人たちは雑穀や芋を食べ、兵隊さんにお米を送っていた。ところが米ほど戦争に向かない食べ物はないわけで。なぜか?というと米は炊かないとあきません。飯盒で炊くとモクモクと「煙」がでる。米軍が上陸してくるから、ジャングルの密林に隠れているのに、そこから煙がでていたら「ぼくらはここにいますよ~」と敵に居場所を知らせてるようなもんです。そんなアホな話はない。最初は米兵も「ソンなアホナ。これはワナダ」と疑ったそうですが、攻撃してみたらちゃんとそこに日本兵がいて部隊が壊滅してしまった。これはさすがに米兵も唖然としたそうです。

そんなアホな民族が日本人やということです。ぼくはそのアホさを愛す。

———————————————

6/3 岸井投稿

大きな物語と個人の物語の違いは、その大きさよりも、それが人間の現在に先立つか後付かによるところが大きいと思います。

物語というのは、「あんなことや、こんなことがあった」と、なんかあった「後」に生み出され、語られるのが起源なはずです。そのとき、物語の主語はまず当然、語る個人でしょう。「おれはこんなことをみた。」というふうに。これが後付の物語ですね。

ところで、これから起こることの物語を作ることもできます。「あーなって、こうなるよ!」というふうに。これがやっかいなんです。なぜなら、人間はその物語がまったくのでたらめでも、動かされてしまうからです。

自分の国が日出ずるところだと手紙を書こうが、われわれの国は神に選ばれていると信じ込もうが、人権意識が進んだ国だと発言しようが、個人的に感じたことを話しているだけならかわいいもんです。言っている本人も、ありがたいありがたいと神に手を合わせ感謝こそすれ、他人に黙れといったり威張ったりなんかしないでしょう。自由の本質は、自分の感じた物語を勝手に語っても良いということじゃないですか。

問題は物語がひとびとを動かすために利用され始めたときです。つまり、これから起こることを支配するための物語になったときです。正当化のためか、感動を失いたくないからか、とにかく、物語に動かされると、ボロボロになってもやめません。むつさんのいうように酔っ払ってしまいます。しかも人間は、物語に酔うのが大好きなようです。ストレス発散のおともに呑んだくれているうちはいいんですが、主食にしたら大変です。

こう考えると、われわれが話してきた一義的な物語は他人を支配するアルコール物語なんです。

そうではなく、物語を各自が始めるとき、多義が開きます。開義とでもよべるでしょう。創造とか表現とかがよいとするなら、作品に動かされるときじゃなくて、声の発する瞬間を見るときです。ということで、前回僕がいった「歌唱力」とは、各自が行使する、歌い始める力といいかえてもいいかもしれません。

たとえば、はてしない物語(と、それが指し示すブレヒト)とか、ココルームは、あとづけの物語の力をしめしている作品です。私たちは、声を出せる限り、また、別のお話をいつでも始めることができる。

———————————————

6/4 むつ投稿

そうなんですよねぇ。要するに、物語のカラクリを知るために「過去」「現在」「未来」という時間軸で捉えなおす、ということが大事なんや思います。「まわしよみ教科書」で国検定歴史教科書を8冊まわしよんでわかったことは、結局、「現在の視点」から、過去を物語化し、未来を物語化しようとする人たちの貧しさ、拙さを知る・・・ということでした。過去を物語化することと同時に未来を物語化しようとする。自尊史観にしろ、自虐史観にしろ、まったくおんなじことで、その自己完結感、自涜感が日本の近代教育の正体なんですな。ぼくらは「終わりのある物語」を教育されていて、「終わらない物語」があるんだということを(少なくとも日本の義務教育では)教育されていない。それは岸井さんがいうところの「あとづけの物語の力」を知らないということです。「可能性の物語」や「可塑性の物語」が大事で、「物語とはそもそもそういうものである」とわかっていれば、決して怖くない。「果てしない物語」というのは、多義を内在している(語り口、歌い手を無数、誕生させる)ということやと思います。

そういえば思い出しましたが、『日本書紀』ってのは「一書に曰く」だらけなんですな。正式な「本文」があるけれども、そのあとに「しかし別の本ではこう書かれてまして・・・」「ある本ではこういう記述もあるんです・・・」と異伝・異論・異聞をいろいろと掲載している。中国の古代の正史では、こういうことは考えられないそうで、ナン十年、ナン百年も会議して討論して擦り合わせをして、ようやく「ひとつの正史」を書く。陳寿の『三国志』がありながら羅貫中の『三国志演義』もある・・・というのが中国人の歴史観と物語観だろうと思いますが、『日本書紀』というのは、どうも歴史観と物語観を混ぜこぜにしちゃったような日本人特有のミクスチャーセンスを感じます。それだから『日本書紀』は面白いといえますし、危険だともいえます。実際、『日本書紀』に書かれていることを歴史だという人は大体、危ないですから・・・w なにはともあれ「一書に曰く」という多義をどれだけ残せるか?ぼくらの仕事はこれやないか?という気がしています。

———————————————

6/6 岸井投稿

なるほど、まわしよみ教科書は、歴史記述の多義性の暴露でしたか。よく判りましたが、宣伝なんかでのはなしぶりが教科書によって記述の差があることを非難している様に思い、誤解していました。みんなが一義だと思っていることに揺さぶりをかけやすいゲームを作りたいってことですね。まわしよみ新聞も、そう言われるとまた、新しい理解が開けますね。

さて、ネヴァーエンディング日本書紀。夢が膨らみます。エンデの『はてしない物語』では、あちこちで、別のストーリーを匂わせて、それに踏み込まず「それはまた別のお話」という言葉が繰り返されるのですが、この言い回しが解読しがいがあるんです。12歳のイニシャル表記するとBBB(僕は、エンデの師匠であるベルトルト=ブレヒトのことに違いないと思うのですが)が、現代社会で「虚無」を発生させる源となっている「想像力」の正しい使い方を発見していくストーリーなんですね。その正しい使い方こそが「それはまた、別のお話」といって、想像力の生産性に任せること、われわれのいう開義ですよ。

本のラストは、BBBが現実において、想像力の正しい使い方を広めていく人になるだろう、という古本屋の店主の予測でおわるんですね。この少年がブレヒトだとするならば、彼の発見した現代社会で虚無感を広めるために使われがちな想像力=物語のあり方とは、感情移入させて感動させるのではなく、読者に現実について考えさせること(異化といいますが)なのでしょうが、「それはまた別のお話」と、そこまで語らずに話をしめています。

日本書紀を、同化じゃなくて、異化の叙事詩だとすれば、それを使ってファシズムを貫徹させようとした大日本帝国首脳はお気の毒としか言えませんね。それで思い出しましたが、明治に、日本の古典として改めて古事記と万葉集が引っ張り出されます。それまでは日本書紀と古今集が主流の古典だったのが、庶民の自己表現を感じさせてこそ国民文学である、と持ち上げた訳ですね。ひょっとすると、このとき嫌われた(というかよくわからないので無視された)のが多義的な文学としての日本書紀と古今集だったんじゃないか。

———————————————

6/9 むつ投稿

「まわしよみ教科書」の狙いはひとことでいえば「歴史の多義性」を許容する精神を作りたいってことでした。ただ新聞やって、その後に教科書を取り上げたのは、結局、新聞って積み重ねたら歴史教科書になるやん?・・・という単純な話だったりしますがw 

『日本書紀』は「異化の叙事詩」ってのはおもろいですなぁ~。おそらくブレヒトも『日本書紀』を読んだら膝打って喜んだことでしょう。エンデの『はてしない物語』で興味深いのは、ファンタージエン国の女王には「幼ごころの君」という名前がすでにありながら、BBBは彼女に「月の子」という名前をつける・・・というくだり。そうすることでBBBは「虚無」からファンタージエン国を救う。これは明確に「字」(あだな)と「諱」(いみな)の関係性です。エンデは東洋思想にも詳しい人でしたから、こういう言語感覚を取り入れたんだと思ってますが。

思えば、人間の生には必ず「親」というものがつきものですが、この親というのも色々と種類があって、かつては「産みの親」「育ての親」に「名付けの親」というのがあるわけで、昔はこの「名付けの親」というのは特別な地位にある人の特権でした。「産みの親」「育ての親」よりも強い力を発揮するのが「名付けの親」(BBBはまさしく「名付けの親」です)で。例えば伊達政宗の長男に伊達秀宗というのがいるんですが、非常に優秀な男で、彼は秀吉にも可愛がられて「秀宗(秀吉+政宗)」という名前をもらうんですな。ところが豊臣家が滅亡して徳川の天下となると、長男の秀宗に伊達の家督を譲るということが難しくなる。それは「名付け親」が秀吉であるということで、徳川に睨まれたわけです。結局、秀宗は長男でありながら仙台藩62万石は手に入れることが出来ずに、遠い四国の宇和島で10万石の大名になります。宇和島伊達藩の藩主にしかなれなかった。ちなみにぼくはその宇和島伊達藩の一族の子孫でして、陸奥家の家紋も「宇和島笹」というやつです。ま、これは完全に別の話ですがww いずれにせよ、現代の我々の感覚でいうと、「名付け親」が誰か?で家督を継げないなんてことは到底考えられない話ですが、そういう言語感覚がかつての日本人にはあったということの証左ですな。エンデはやたらと日本好きで、奥さんも日本人ですし、こういう東洋的言語感覚に影響されて、『はてしない物語』を書いたことはまちがいないと思います。

あとエンデのコトバでぼくは好きな名言がありまして。「芸術家の仕事とは、名前をつけることである」というやつ。「名付け」ってのは、まさしく芸術家の仕事や思います。

———————————————

6/10 岸井投稿

アーレントが、人間の言論、活動を、生まれてきた事の再演と捉えているんですね。「わたしたちは、この世界に、新しい人として生まれてきた。しかし、その時の記憶はない。そこで、そのあとの人生で何度でも、「自分はうまれてきた○○だ」と繰り返し言う必要がある。それが言論だ」というんですね。言論で示されるのは、話の内容ではなくて、「私はなにものか」という言論の「主語」なのですね。つまり、名前を改めて示す事が、主体者の条件なのです。もちろん、自分が何ものかは自分にはわからない。その代わり、他人にはとても簡単にわかる。ので、ここでいう名付け、というのは、本当に人柄とか正確じゃなくて「名前」だけなんです。名前を示されないと、顔がない。なので、エンデの定義によるならば、アーレントは万人が芸術家になれといっていることになりますw

僕は、諱字2重構造というのは、この「その人が何ものかは他人がわかる事、しかし自分を示すかどうかは本人の決める事」という人間の矛盾を乗り越える為に発達したんじゃないかと感じますね。風評被害とかにあって、名前はけがされスティグマを刻印される。そこで、本名を隠しておく、というようなことです。

さて名付けることだけが芸術家の仕事と変更したのはデュシャンです。それまでは産みの親=作者だったのが、以後、名付けの親=作者になりました。といっても、ここにもうひとつの企みがあって、それは、物体からの解放です。彼はアートを体験にしたわけです。体験は所有できません。従って、親はいなくなります。権力構造を解体したんですね。残るのは、ただ、解釈をする力が平等にあると信じ、信じられた複数の人たちです。

多義性を支えるのは「人皆違う、しかし解釈は各自している」という意見ですよ。この自由とは一切の権力関係から解放された自由でもある訳です。

その平等が、虚無となって世界を滅ぼすか、創造力となって世界を救うかがエンデの問いだとして、諱字2重文化は、その新しい関係を提示しているんじゃないでしょうか。何故なら、諱=本名、と、字=通称、説明を繋ぐ別のやり方のようです。ぶっちゃけ、茶道も文楽も歌舞伎も歌会、西洋とは違う主体の現れ方を示している様に思えてなりません。

———————————————

6/11 むつ投稿

ぼくは一時期、マスメディアにいた人間として大衆社会論のようなものを齧って、中でもオルテガの『大衆の反逆』のアイロニーに痺れましたが、アーレントの『人間の条件』は、同系統にあると思っていて、そのあいだに横たわっているのが第2次世界大戦、アウシュビッツ、ホロコーストの人類の大愚行です。『大衆の反逆』はまさにヒトラー前夜の予言かつ警鐘であったし、『人間の条件』はヒトラー以後の啓示かつ指標だと思ってます。オルテガもアーレントも、ともに素晴らしいのは「人間は主体的に生きることができるのだ」ということを証明したことでしょう。オルテガは精神の貴族主義、魂のエリートによってそれが為せると考え、アーレントは古代ギリシャのポリス人のような公共によって為せると考えたわけで、オルテガは心理主義的で、アーレントは制度主義的ですが、確かに「内的要因」や「外的制度」によって、人間は人間になるわけです。これは両輪ないと機能しないし、また「諱」(内的)や「字」(外的)という「名付け」も、またそういう位置づけなんだろうと思います。人間存在は諱だけでは不安だし、字だけでも不安です。諱と字の2つが揃うことで、初めて人間社会というのは安定的な場となる。

デュシャンは笑えますなww これは簡単にいえば芸術作品が「モノヅクリ」から「コトヅクリ」になったということだろうと思いますが、こうなったときに非常に重要な問題は岸井さんがいうように「産みの親」がいなくなるということ・・・つまり芸術の継承、「縦軸の共有体験の喪失」という問題です。モノというのは継承しやすいんですな。アーカイブしやすい。だからでこそ芸術というのは時代的に発展してきた経緯があります。しかしコトというのは「聖なる一回性」であり「横軸の共有体験」に属するものなので、なかなか他者や次世代に継承することができない。デュシャン以降、芸術の「作品(モノ)主義」は停滞したと思うし、しかし「作家(コト)主義」が蔓延することで、じつは我々は「縦軸の共有体験」をなくしているとも感じています。これがじつはエンデが『はてしない物語』で訴えた「虚無」に繋がるんやないか?とも思うんですな。BBBが「幼ごころの君」に「月の子」と名付けることは、一種の縦軸の権力構造下(月の親の下)に女王を位置づけるということでした。そうすることで再生する力もあるということをエンデは示唆しているように思えます。

あと、茶道や文楽、歌舞伎、歌会にしろ、日本の伝統芸術の世界にはよくあるんですが、「なんとか○代目」というやつ。これ、完全に「縦軸の共有体験」だという気がしてます。師匠、先代、先先代と「同じ名前」(これはしかし諱ではなく字として、です)をつけられるわけですから。こういう風にすることで、日本の伝統芸術は、空間的な「横軸の共有体験」を、時間的な「縦軸の共有体験」として継承してきたのでは?という気がしてます。

———————————————

6/13 岸井投稿

日本の縦軸の共有体験を支えてきたものは『田んぼの記憶』ではないでしょうか。雑木林あり、川あり、草葺き屋根の家あり、と、人間がいなくなれば1月ともたない景色に、昔懐かしい、古くから続く、先祖伝来の永遠性を見る。その景色をその形にしたのは、そう見ている本人ですから、冷静に考えるとオカシな話です。つまり、田んぼの設計図とその制作能力の継承を、永遠と呼ぶわけです。○代目、というのは、その「設計図+制作能力」の○代目ですよね。日本人は、この震災と台風のスサノオの国に住む為に、縦軸を、物ではなく事でやってきた。

芸術が作品主義から作家主義に、モノからコトにいくときに、日本が注目されるのは、そういう事情があるからです。しかし、地震がないなら永続性の維持はモノで充分なわけで、西洋も震災にあたるものを被ったんですね。それが消費社会化です。消費のパワーはすごい。人間がやっているから見落とされがちですが、地震とか台風とかと同じ、大自然の力ですからね。まず、これが虚無を招く。西洋人がそれまでやってきたような、物で作った縦軸はなんでも消費され、破壊され、意味が変えられる事になった。その対策こそが、20世紀初頭の芸術にかせられた課題でした。たとえば、抽象化は消費をさけるためです。しかし、デュシャンがやったのは、もっとアクロバティックな技でした、消費材を永遠に変えてしまうことです。便器を美術館に陳列してしまえば消費ではなくなる。名付けの技ですよ。便器にサインをmuttですからね。まぬけ、と自称するものは、一種の権力構造下にいるわけです。実はコスースからウオーホールからリレーショナルアートにいたるまで、消費されていく日常を永遠化するアイデアが現代美術史といえるでしょう。

しかし、やっぱり陸奥さんの言う通り、上記は設計図=イデアのアートです。我々日本人からすると、技術の継承なくしてコトが永遠化したとはおもえません。もちろん、現代芸術にも、制作能力を考えた系譜はあります。たとえば、素材の性質をどの位抉ったのかがアートの価値だ、というグリーンバーグに代表される考えですね。ポロックとか、ジャスパージョーンズとか、クラインとかね。しかし、媒体が多様になる(映像とか音楽とか1人でいろいろいじれるようになる)とこの考えは維持が難しくなって、グリーンバーグの弟子筋のクラウスという人が「テクニカルサポート」と言い出す。現代のマテリアルは全て、テクニカルサポートがくっついているので、そこまで利用しての、素材への習熟だw、という考えです。

まとめると、現代アートが日本に注目するのは、消費社会において永遠なるものを作ろうとするとき、スサノオ(台風と地震)の下でテクニカルサポートを続けてきた国の文化が役に立ちそうだ、ということです。

エンデの欠点は、面白すぎて消費されてしまう事です。物語や作家の魅力にたよった作品は、趣旨がいかにアンチ消費でも、結局消費されてしまう。で、その消費=人間の中の自然に抵抗することが人間性にとってとても大事だと指摘したのは、アーレントであり、オルテガでしょう。しかし、彼らはやはり、物(身体)か精神(心)を永続させようとした。ただ、わたしたち日本人が、自然の中で、人間が生きる世界を維持するために考えられた設計図+制作技術はそれとはちょっと違う。さらに加えて、自然をじっくり眺める伝統と、歌は自然をも動かすという考えがありますね。

諱は、自然とつながるんじゃないでしょうか。

その上での設計図+制作能力だ、ということをシェア野草とか葬食をやっている陸奥さんにお伺いしたいですね。

———————————————

6/14 むつ投稿

ぼくも日本の縦軸の共有体験を支えてきたものは「田んぼ」と、あと「おかいこさま」だと思ってるんですww 

(何度もご登場いただいて誠に恐縮なことではございますがw)天皇家というのは古来より、主に3つの仕事がありました。諸外国の大使と会うとか国際親善交流とか、あんなのは別に天皇の仕事でもなんでもなくて大臣クラスでええんですが、天皇のほんまの仕事とはまず1つは歌を詠むことで、つまり「歌会」を開くことですな。2つめはこれは天皇陛下(男の皇族)の仕事なんですが、それが「田植え」です。実際に天皇陛下は、いまだに毎年、ご自身で田植えというのをやりはりますから。3つめが、これは皇后の仕事なんですが、それが養蚕で、おかいこさまを飼うことなんですな。実際に東京の皇居の中にはご養蚕所があって、そこでいまも皇后陛下がおかいこさまを飼っておられます。「歌」と「田んぼ」と「おかいこさま」。やっぱりこの3セットは、日本民族として外せないキーワードやとは思います。

それで、養蚕というのは、結局、田んぼにできない荒蕪地の、土地の有効利用であり、また「現金収入」という意味合いも強かったようです。田んぼにできない土地でも桑さえ育てることができたら、それで養蚕が可能ですから。そしてそこでとれた糸を貨幣に交換する。「米」と「貨幣」と、2本立てで、日本人は生計を立てていて、これは要するにリスクヘッジですなw また米というのは不思議な植物で古米、古古米、古古古米、古古古古米と、保存さえちゃんとやれば、2年3年4年ぐらい平気で持ちますから。貯蓄できる換金植物なんですな。貯蓄なんて経済効果としては百害あって一利なしなんですが、日本人がやたらと現金を使わずに、保存して保存してタンス預金にするのは、結局、「米」とカンチガイしてるんやないか?とぼくなんかは思ってます。こういう習性はなかなか抜けないですなぁ。

東北がいまだにやたらと「おしらさま信仰」(これは馬とおかいこさまの神様です。昔は馬小屋でおかいこさまを飼ってましたから。また東北にとって馬というのもリスクヘッジでした)が強いのは、米を作るということのギャンブル性が非常に強かったからですな。米というのは温帯の植物ですから東北なんて寒いところで作るのは難しい。しかしそれを徳川時代に、幕藩体制時代に、強制されてしまった。もともと、東北は雑穀(ヒエ、アワ、キビなど)を作っていれば最適地で、決して人民が飢えるなんてこともないのに、そこをむりやり米作地にした結果、起こったのが大飢饉です。母親が泣く泣く我が子を煮て食べるというような悲惨な状況すら生まれてしまった。これも江戸幕府という中央政府のいいように東北が使われたからで、いまの福島原発の状況と、あんまりかわりません。そして米が採れないとなったときに、なんとか生き抜くことができたのは「おかいこさま」と「おうまさま」のおかげで、つまり「おしらさま信仰」の背景には、「米」を押し付けられたという東北の民の怨恨があります。「田んぼの記憶」というときに、ぼくはこの背景を抜きにしてはいけないと思っていて、それだからでこそ、東北の「田んぼの記憶」は美しいとも思うんですな。この永遠性は東北の民の悲願であったと思うし、しかし、これは「人間の中の自然」(福島原発と同系統であるということです)であるということは、忘れてはならないことやと思います。これは要するに岸井さんからも「テクニカルサポート」というコトバがでてきましたが、まさにテクネとアートの問題なんやと思ってます。

牧歌的な古代ギリシャ人たちは、そもそもテクネというのは「自然の中の本質を働かせる術」という意味で使っていたんですな。ところがそれがローマ時代に移ると、古代ローマ人というのはポリスの人間、都市の人間ですから、テクネというのを「都市(人工の自然美)を作る人間の卓越した術」とカンチガイして、それをアルスと名付けた(このアルスこそがのちにアートの語源になります)。テクネとは「自然を生かす技術」であり、アルスとうのは「人工の自然美(要するに田んぼです)を作る技術」ということは、まったく違った、正反対の意味になります。我々は現代のテクノロジーの最先端であるはずの原子力発電所を、じつはアルスのように扱いました。ほんとうはテクネのように慎重に、丁寧に、誠実に扱わないといけないのに・・・です。そのしっぺ返しがあの311だろうとも思ってます。551は豚まんです。重い話題なんでギャグってみました。

岸井さんがいうとおり、消費社会というのは、明らかに「人工の自然」(アルス)です。田んぼや福島原発と同系統に消費社会というのがあるわけです。それに抵抗しようとデュシャンやウォーホールのような「消費材を名付けによって抽象化=永遠化する」という方法論は、わからなくもないです。福島原発を「福島原発神社」にしようというのが同じような発想でしょう。しかし、それだけでは不十分で、それと同時に必要なことがテクネ(自然を生かす術)を考え直すことなんだろうと思います。ここで立ち返ると、ぼくは田んぼというのはアルスであると思ってますが、じつは養蚕はテクネではないか?とも思ってるんですな。日本人にはその伝統と文化、蓄積されたノウハウや可能性があるはず・・・と思っています。

———————————————

6/14 岸井記

お蚕さんの話になりましたね!というところで、僕は実は前回陸奥さんと、アースで、日本書紀の「常夜の虫」のはなしをしたかったのです。日本書紀のこの下り、なんど読んでも気になります。

大化の改新の前夜、644年。富士山の麓で、新興宗教が起きます。蚕さんそっくりの虫(恐らくアゲハチョウの幼虫)を神と崇める一族が人々を騙しました。それで、機織り一族である秦氏が彼らを征伐します。

このはなし、いろんな見方ができますが、当時は養蚕はもはや一般的だったはずですから(弥生人は稲作とともに養蚕をしている)偽お蚕様宗教でしょう。逆に言うと、この時点で蚕神、おしらさまとかコカゲ神は成立していたんじゃないか。で、それをまつっていたのが秦氏であったんじゃないかとおもうんですね。

この新興宗教のご神体が常世の虫です。で、常世というのは、変わらない世界のことですね。浦島太郎の竜宮城とスクナビコナの死後赴いた先で、海の向こうにあるとされた。その世界からの虫ですよね。そうすると、この神はえべっさんの仲間であるマレビト神だといえると思います。そして、スクナビコは命名の神様。

常世、私たちの議論とつながりそうだな、と思いました。

———————————————

6/21 むつ投稿

すいません。いろいろと東京いって大阪帰ってきたらドタバタでなかなか更新できませんでした。またボチボチ再開したいと思います。

おかいこさま、常世神の話をつなげましょう。なんで秦氏と常世神の一派がケンカしたか?じつはおかいこさまこそが常世の象徴だったからです。というのも、おかいこさまは幼虫の頃の姿形が「うじむし」に似ています。蚕と蛆ってまったく違う生き物ですが、じつは古代人はこの2種の虫を混同していたらしいんですな。

蛆というのはご存じの通り、死体から湧いてでてきます。それで、おかいこさまもカンチガイされて、「死体を食べて糸を吐く」という存在として崇められた時代があったようなんですな。「おかいこさま」こそが「常世(あの世)の虫」として認識されていた。だから644年の新興宗教団体の「常世虫」が何を指すかは諸説ありますが、秦氏が妙にムキになって新しい民間宗教の「常世虫教」を成敗したのは、完全に同系統の神様であると認識したからでしょう。ちがう神様ならスルーされていたと思います。

また「富士山から発祥した」というのも秦氏からするとカンに触ったと思いますね。「富士」は「不死」(常世)の象徴であり、また「不二」というイメージにもつながって、「我々(常世神教)こそが唯一不二の不死の神である」という宣戦布告のようなものでしたから。これは弾圧されてもしょうがないかな?と思います。

なにはともあれ、おかいこさまが、死体を食べて糸を吐く存在とカンチガイされていたというのは、ぼくは非常に面白いカンチガイだなと思っていて、つまり、おかいこさま信仰には「死と再生」という多義的な性格を持っていたということです。またおかいこさまは正直、グロテスクな姿形ですが、つまり醜神でありながら、美しい糸を吐く・・・というところもユニークです。まるで「美女と野獣」が同居しているかのようで、神秘性を帯び、不思議な神として畏敬されたと思います。

———————————————

6月24日 岸井投稿

蚕とウジ、確かに一番小さいときの蚕はウジに似てますね!
僕も、この話、死と再生がキーになると思っています。ところで、死を乗り越えるにも、いくつか系統があるんじゃないか。たとえば、不老不死と転生は違います。常世は、不老不死でしょう。一方、古事記の死後の国、根の国は転生のイメージでしょう。

僕は、古事記でウジっていうと、イザナミの死体にたかるウジを思い出します。妻に会いたくて黄泉の国までいったイザナギは、そこで腐敗してウジにたかられる妻をみて逃げ帰ってくる。この場合は、死に取り込まれそうになる、たとえば自殺しそうになったとき、本当の死に出会って、恐怖のあまり逃げ帰ってくることをイメージします。これも死を乗り越える話ですね。そのあと、イザナギが汚れを洗い流し、腐敗老化死別を乗り越えた時、三貴神(アマテラス、ツクヨミ、スサノオ)が生まれます。死からの創造、あるいは、誕生です。

さらに、スサノオがやった悪い事は、「田んぼ」と「機織り場」を荒らす事、ですから、弥生人の生活を滅茶苦茶にしたんですね。ここに、機織り場がでてきて、しかもスサノオの悪さで、機織りの女性は性器にヒをさして死んでしまいます。イザナミの死因も難産で性器が灼かれてですね。出産は昔も今も命がけだったのでしょう。この悲しみを乗り越えるための再生が天岩戸です。ここでは、宴会により機嫌を損ねた女神の再生であり、夜から朝への転生ですよ。

テクネもアルスも、ほっておけば死んで行くものに命を与えたり、長持ちさせたりする術です。つまり、アンチエイジングなわけですよ。なので、ウジこそはテクネやアルスの敵を現す、わかりやすい象徴ですね。さらに蚕の脱皮は、お肌のリフレッシュですから、アンチエイジング術です。

僕は、常世っていうのは、アンチエイジングのバリエーションの中でも、特殊なものに思えます。不死がどこからきているのか。やっぱりそれは富士だろう。しかし、こんな転生の文明の中に、どこから不老が入ってきたのかと、いぶかります。

———————————————

6/25 むつ投稿

この公開チャット、だんだんと『新釈古事記』『新釈日本書紀』みたいになってきましたw まぁ、日本とはなにか?日本人とはなにか?って考えると、どうしても記紀神話をやらざるをえないんでしょうなぁ。

ぼくが「死体から再生」と聞いて、記紀神話で思い出すのはオオゲツヒメ(古事記)とウケモチノカミ(日本書紀)のエピソードですかね。古事記では高天原を追われたスサノヲがオオゲツヒメに助けられますが、その饗応の宴会で出された食べ物がじつはオオゲツヒメの吐瀉物や排泄物で、それを知ったスサノヲが逆上してオオゲツヒメを殺すと、オオゲツヒメの死体の頭から蚕、目から稲、耳から粟、鼻から小豆、陰部から麦、尻から大豆が生まれた・・・という有名なエピソードで、俗にいう食物起源神話ですな。

これが日本書紀ではスサノヲではなくてなぜかツクヨミのエピソードになっていて、アマテラスの命令でツクヨミがウケモチノカミと宴会しますが、その宴会で出てくる食べ物がウケモチノカミの吐瀉物(排泄物はなくなっている)。それを知ったツクヨミが逆上してウケモチノカミを殺すと、ウケモチノカミの死体の頭から牛馬、額から粟、眉から蚕、目から稗、腹から稲、陰部から麦・大豆・小豆が生まれて、それをアマテラスに献上すると、アマテラスが大喜びするというものです。

「宴会」「ツクヨミ(中空構造)」「稲(米)」「蚕」「死と再生」と、我々の公開チャットでの展開されたテーマがふんだんに盛り込まれている、非常に興味深いエピソードです。また面白いのが『古事記』と『日本書紀』では再生する食べ物が違うんですな。両方ともに共通するのが「蚕」「稲」「粟」「小豆」「麦」「大豆」ですが、古事記より日本書紀のほうが数が増えていて、「牛馬」「稗」が新規に登場してます。なんとなくぼくは、税金をかけるために数を増やしたんではないか?と思ってるんですが。要するに天孫族(スサノヲやツクヨミ)のおかげでこれらが民衆に供されるようになったのだから民衆はそのアガリから税金を払え!というような理由付けをされたのではないか?ということです。大体、無能な政府がやることって増税ですからw

いずれにせよ死体から食物(米にしろ蚕にしろ)が誕生するというのは、それほど不可思議な信仰ではなくて、よくある神話体系ということですな。これは岸井さんがいうように「転生」に繋がる死生観だろうと思います。日本人に判りやすくいえば、仏教的(仏教以前の、ジャイナ教もそうですし、むしろ人類の古宗教に近い信仰でしょう。ネイティブ・ウィズダムだともいえます)といえます。

それに対して「不老不死」に代表されるような「常世」の死生観は、これはいみじくも岸井さんがいうように、やはり「富士」だろうと思います。つまり「自然」です。日本人の自然観は『方丈記』の「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」という言葉がぼくは端的に表していると思っていて、これは川や水は変わっていくが、しかし、ここには「流れ」という現象そのものは絶えない=変わらないという確固たる実存的観念があると思ってます。河とはなにか?それは「水」そのものではなくて、「流れ」である。これは永遠不変のものだ・・・という「不死(不二)の自然観」ですね。

そもそも「転生」も「常世」も、当然ながら観念上の話ですから。その観念の由来は、ともに自然に起因するものだと思います。

———————————————

6月26日 岸井投稿

そうか、オオゲツヒメとウケモチノカミの差異を考えるのは面白いですね。

僕は、昔、自分が興味ある稲荷(=ウガノミタマ)と弁天(ウガジン)の両方に「ウガ」がついているのが気になって調べたことがあるんですが、これ、「ウケ」のことで稲とか食べ物を現す古語なんですね。食料神2柱、オ「ウゲ」ツヒメ、「ウケ」モチノカミにも当然「ウケ」がついています。われわれと関係がある所でもう一柱、お伊勢さんもトヨウケです。日本人は、「ウケ」を何重にも神格化し、しかも、重くまつっています。

今までスルーしていたんですけど、このウケ=食料の神の体から、蚕が出てきているのは、可笑しいですね。蚕だけ食えません(食えない事はないですが、、、)。日本書紀で増えた3つですが、もちろん牛馬は食うためのものというより農作業用で、稗はまず飼料でしょうから、食いませんけど、農耕とセットでしょうからまだわかる(課税説は賛成します。)とするなら、蚕の「食べられなさ」はやはり特徴的です。税金とするにせよ、衣類の原料とするにせよ、麻が入ってきそうなものです。

仮設1 この話ハイヌヴェレ神話ですから、死と再生のイメージが入っているでしょう。で、蚕には陸奥さんのいう、死体を食らい絹をはくイメージがあるでしょう。なのでここに入るのでしょうか。蚕そのものがハイヌヴェレって解釈ですね。

仮設2 弥生文明というのではどうでしょう?麻布は縄文から着ています。南中国から渡来したものばかりです。しかしそうすると、鉄とかもうちょっと決定的なものが入りそうですね。。。

仮設3 ウケは稲や食料というより、生物に対する労苦の成果物、という解釈はどうでしょう。ウケモチからでている食べ物、それなりに手間がかかる農作物ばかりです。

このウケが転生と繋がるとするなら、常世神教は、手間を書けない自然を相手にしているということになるのではないか、と思いました。

僕は、林は生やしている(人間の手が入っている)からハヤシ、森は盛りっとしていて人間の手が入っていないからモリという説が好きです。転生=ウケは林を作り、常世=フジは森を祭る。そう考えると、2つ前の644年の富士vs秦氏の争いは、お蚕さんがどちらに所属するのかの争いなんじゃないかと思えます。

———————————————

6/27 むつ投稿

あ。そうか。弁天さま=宇賀神ですから、そういえば「ウケ」ですね。それは気づかなかったなぁ・・・。これは要するに芸能でも食べていけるってことでしょうかね?w

確かに蚕は食べる地方もありますが、日本ではそれほど一般的ではないですね。だからオオゲツヒメにしろ、ウケモチノカミにしろ、一般的には「食物の神様」ですから、この中に蚕がはいってるのは意味深ですな。岸井さんの仮設1も2も3も、いずれも正解という気がします。

鉄に関しては、イザナミが死の間際に苦しんで、そのときの吐瀉物から金属神カナヤマヒコとカナヤマビメが生まれた・・・という話なんで、やはり「死と再生」のイメージは濃厚です。そもそも鉄は燃やして(殺して)、何度でも叩き直して(命を吹き込んで)、新しい造形物に作り直せますからね。これほど「死と再生」のイメージが直結する物体も珍しいと思います。

あとカナヤマヒコとカナヤマビコと同時に「ハニヤスビコ」と「ハニヤスヒメ」という埴(ハニ)の神が生まれているのも個人的には注目したいところです。岸井さん、鉄を作りたいといってましたが、ぼくは埴輪を作りたいんですよねw 鉄と埴も、死者の埋葬につながっていきますから。それは死者を再生させるための道具です。

「ハヤシ」(これは弥生文化のコトバというイメージがありますね)と「モリ」(こちらは縄文文化の畏敬の対象という気が)というのは「アルス」(ローマ都市文明)と「テクネ」(ギリシャ牧歌文明)の話にも通じますねw ぼくは養蚕というのは要するに「ハヤシ=アルス」でもあり「モリ=テクネ」でもあるから面白いなあと思ってまして。人間は蚕によって絹を得ますので「おかいこさま」という神様として崇め奉りますが、蚕というのは自分では生きれないほどに退化してしまったので、自分だけではエサもとれない。人間が世話をしないとあっというまに死んでしまって絶滅してしまう。つまり蚕にとってみれば人間も「おにんげんさま」という神・・・という相互補完の関係性なんですな。そうやって5000年以上の長きに渡って「おにんげんさま」と「おかいさま」はこの天変地異の世界を生きぬいてきた。

個人的には、自然と人間の共生の、ひとつの理想形が、ここにあるのでは?と思ってます。テクネとアルスの合一です。

———————————————

7月1日 岸井投稿

アルスとテクネの合一!こないだ、延藤先生ともそんな話になりました。ちょっと長い返信します。まあ、6月13日の話を、ちゃんとやり直しているだけですが、我々は一回この話をトコトンやったほうが良いような気がします。

「いきの構造」の九鬼周造は、アルスとテクネの合一としての日本文化を語っている、と僕は解釈しています。『時間の観念と東洋における時間の反復』坂本賢三訳から引用していきます。

「五年前東京の大半を破壊した大地震(岸井注:関東大震災)の直後、我々は東京に地下鉄の建設を始めた。その時私はヨーロッパにいた。私は、「何故日本人は百年毎にほとんど周期的に襲われる大地震に繰り返して破壊される運命を持った地下鉄を建設するのであるか」という問いを受けた。私はこれに答えた。「我々日本人の関心は企図そのものにあって目的物にない。我々は今地下鉄を建築しようとする。地震がこれを破壊するであろう。しかし我々はまた新しくこれを建築しようとする。新しい地震がまたもこれを破壊するであろう。然り。而して我々は常に再び始めるであろう。我々が尊重するのは意志そのものなのである。自己自身の完成を求める意志なのである。」

これ、原文はフランス語で、当時20代のサルトルが聞き手です。このときのサルトルの交友関係にアルベールカミュ(多分20歳!)もいたので、カミュの「シーシュポスの神話」っていうのは、つまり日本人のことだろう、九鬼の盗作でノーベル文学賞とりやがって、と本気で思ってますが、それはともかく、九鬼は、台風と地震の、つまりスサノオの国では、堅固な建築物による世界の建設よりも、挫けず建築する意志の方が大切だというんですね。

以前このチャットでもだした、アレントは、こういう「意志のみによる生命過程への対抗」を笑い飛ばします。たとえば、

「ヘラクレスの「労働」は、それが一度限りのものであるからこそすべての偉業と並び称されるのである。しかし不幸なことに、一度だけ努力がなされ、課題が達成されれば、以後ずっと清潔を保っていられるのは、ただ神話上のアウゲイアスの馬小屋だけである。(『人間の条件』第十三節「労働と生命」)」

ヘラクレスの偉業の一つに、神の馬小屋の大掃除というのがあって、これが馬糞で汚れていてだれも近づけない。それで、ヘラクレスは川の流れを変えて掃除した、という乱暴な話です。僕、この話きくと、いつもスサノオの悪さを思い出しますが、それはともかく、アレントの言うのはもっともなんですよね。ではしかしそれならなぜ、日本の田園風景は永遠の時間維持されるのか。それは、常に世界を建設し続ける美学と技術があるからです。九鬼の引用を続けますね。

「以上を摘要する。東洋的時間と呼び得るものは輪廻の時間である。換言すれば反復する時間であり、周期的、同一的な時間である。」

「生きんがために、真に生きるために、真と善と美との苦しき探求の無限の反復にあって時間を恐れないことにある。不撓不屈、もって不幸を幸福に転じ、永久に我々の内なる神に従わんことを勇敢に決意した道徳的理想主義の現れである。」

ここで九鬼が言う「生きんがため」「真に生きるため」の「道徳的理想主義」とは、いうまでもなく「いき」のことです。で、その下で育まれた技術とは何かというと、永続する世界を作る技術でなくて、周期的同一的な世界のイメージを維持する技術です。日本の風景は、いつでも台風や地震によって無に帰するけど、それすらも周期の一部とみなし、復旧復興させ、世界を常に仮設し続ける技術ってことです。まちなみの保持ではなく、技術の永続性をもって、永続性とする。なら、定期的に実践しなければ後世に継承できない。そのため、天災によって建築物が破壊されなくとも、わざと周期的に新築を繰り返し、技術の維持に勤しむ。このチャットでずっとあがってる遷宮はその象徴ですね。同じ目的物をいつでも建てられる技術の保持こそが日本では重要視された。

永続する世界を維持する技術という意味ではこれはアルスですが、アレントはこれは自然を取り扱う技術でテクネーにすぎないと言うでしょうね。つまり、その合一です。

しかし、それって、人体をイメージの下、目的の下に位置付け、物扱い、素材扱いするのを良しとする立場でしょう。日本人がお上のいうなりで、なんてのもここからきているんではないかと思う。私たちは、つねにいつも復興中なので、世界建設と維持が一番大事だ!個性とか言わずに全体の目的に従え!という考えも、ここから来ているんじゃないかなー。

———————————————

7/8 むつ投稿

すいません。一度、投稿を書いたら、それが飛んでしまって、萎えてしまい、さらにやたらと日々忙しくて、なんだかんだで一週間ほどたってしまいました。

岸井さんがやっていたアーレントと九鬼のボットってめっちゃおもろくて。このふたりが会ったら、さて、どんな化学反応が出たんやろうか?ってほんまに思いますな。しかしそれが岸井大輔の中で起こってるわけで、そら恐ろしいことですww

いろいろと思うとこはあるんですが、ぼちぼち大阪七墓巡りのイベントも近いので、その辺の話に強引に結び付けておこうと思います。

日本人はやたらと死者を弔います。正月や大晦日には先祖参りをする。春と秋にはお彼岸なんてのがある。8月は盆で、終戦記念日で、もう日本国中が喪に服します。さらに「命日」や「月命日」なんてのもある。祖父、祖母、父、母にそれぞれ命日があり、月命日なんてお供えしていたら、もう訳がわかりません。365日、1年中、毎日毎日、日本人は死者を弔っているといっても過言ではない。実際、日本全国に約5万店ものコンビニがありますが、そのレジカウンターの前には必ず「おはぎ」や「みたらしだんご」がおいてます。これは墓前に、仏壇にお供えものをする人があまりに多くて、「あ。そやそや。仏さんにお供えもんしとこ」とみんなが買うので、そういうことになっている。これほど日常の中に死が織り込まれている生活文化はないと思うんですな。なんでそんなことになったのか?

芥川龍之介の『侏儒の言葉』だったと思いますが、「この世は地獄以上に地獄的だ」というのがあります。地獄というのは一定している。針地獄にしろ、釜ゆで地獄にしろ、おんなじことを繰り返しているだけだから飽きると。しかし現世はそうではない。幸せだと思っている次の瞬間に、なにか恐ろしいことが起きる。浮き沈みがあって、予測できなくて、良い時と悪い時が訪れるから(訪れないときもあるから、なお苦しい)、地獄以上に苦しいと。人間の真理をついてると思います。

じつは日本という国土は、温帯モンスーンで、森林が豊かで、水も豊富で、島国だから外敵も少なくて、一見して天国・極楽みたいなところです。ところが、この国には台風や地震や火山やらといった突発的な地獄がいきなりやってくる風土だった。天国みたいな場と、地獄の時間が予測不可能にやってくる・・・という落差、ギャップがある。ユダヤ、キリスト、イスラムといった宗教を産んだ地域は要するに「砂漠」で、砂漠は生きていくには非常に厳しい自然環境ですが、ある意味「一定の風土」です。だから慣れることもある。自然はじつは人間を裏切らない。しかし、日本の「不定の風土」は、人間を容易に裏切ります。それは砂漠以上に恐ろしい。日本の風土は、じつは砂漠以上に「地獄的」だということです。こう考えると、西洋と日本では、自然と人間(文化)の関係性はかなり違うといえる。西洋人のいうテクネとアルスと、日本人のいうテクネとアルスというのも同じように変わってくる。アレントがいうテクネが、九鬼のいうアルスと、反転して、同じことになっているのかも知れない。そういう帳尻を合さないと、先に進めないという気がします。これは大げさにいえば(ぼくの話は大体、大げさですがww)、人間とは自然のなんであるか?という大前提が問われている話です。われわれは自然の敵か?ウイルスか?いや人間の全活動も包括しての自然ではないのか?では自然とともに生きる人間とはなにか?もはや自然は人間の隷属でいいのではないか?じつは自然と人間は、有史以来、そういう関係性でしかなかったのでないか?結局、自然と人間は共存できないのではないか?自然は王か?人間は王か?そもそもそんな対立構造なのか?

なにはともあれ、砂漠以上に地獄的な風土に生きている日本人は、それだけに、「不定こそ一定」という概念に到達したし、その風土の犠牲者である死者たちに、いろんな意味で縋ったと思うんですな。菅原道真公がなぜか雷になる。よくよく考えると不思議なことで。死者を弔うことと自然を崇拝することが合一しているのも日本人やという気がしてます。大阪七墓巡りをやるにあたって、「死者」と「生者」の交流に、「自然」というものを入れ込まないといけないのではないか?・・・どうもそこは外せないという気がしてきました。

—————————

さて、いろいろと、書いてきましたが、ぼちぼちマトメに入るころではないか?と思っています。7月14日にイベントをやるにあたって、最初にこの公開チャットをなんとか形にしたいと思うんですが、岸井さん、どうでしょうか~?

———————————————

7月8日 岸井投稿

なるほど。去年の24時間トークイベント「如是我聞」の宿題「テクネーと、死者も含めた民主主義」に繋がりましたし、宿題には答えているように思えますね!僕らは、このチャットで、日本で知らない人とも場を共有する方法、日本における公共のあり方を探ってきたのではないか、と思います。

提案ですが

1 今年の24時間トークイベント(おそらく12月24日@おうてんいん)のテーマを「死者を含めた公共空間」とするw
2 7月14日は、この公開チャットの要約をし、1の公開企画会議とする

のではいかがでしょう。オッケーなら、まとめ係として、7月14日に、キーワード集を作って最初に発表させていただきます。いかが。

———————————————

7/8 むつ投稿

レスが早い!ww 壮大な公開打ち合わせでしたね・・・。この公開チャット、なんとなくですが、岸井さんが「まとめ」、ぼくが「ばらし」というような役割がなんとなくあったように思います。なんでも回収する岸井さんに驚きましたww 個人的にめっちゃ自分の中のテーマが整理されてよかったんですが。

よろしくお願いしますm(_ _)m


2013年 7月 10日
タグ:
コメントは終了しています。