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ちぬの浦 いさな寄るなる をちかたは ひねもす霞む 海恋しけれ

2023 年 1 月 13 日

淀川、大阪湾に鯨が迷い込んだ。珍しいが過去、なかったことではない。遠くは『万葉集』にも住吉津(大阪湾)に「勇魚」(いさな=鯨)が寄ったという記録などがある。

住吉大社には幻の「鯨祭り」というのもあった。時折、住吉津に鯨がやってきて大漁、豊漁となったのだろう。なんせ鯨は一頭仕留めれば七浦が潤うというほどの莫大な恩恵を漁民たちに齎した。

かつての西洋人(バスク民族など)は鯨を取っても鯨油を取るぐらいだったらしいが、大阪の漁民たちは肉や骨はモチロンのこと、ヒレ、ヒゲ、舌、胃、内臓、心臓、肝臓、はては睾丸、子宮まで使用(食べたり、加工品を作ったり、肥料にしたり)した。鯨全体で捨てるところは3箇所しかなかったそうで、鯨の99パーセントを使い切ったとか。

突然、迷い込む鯨さまは、鯨神であり、マレビトであり、福の神、えべっさんそのものであった。だから鯨の豊漁があるたびに、またの来訪を願って住吉の大神に鯨祭りとして奉納された。

鯨祭りは長く幻の祭りであったが、2011年に住吉大社創建1800年記念大祭のさいに奉納された。いい祭りであった。

かつてならば大阪湾、淀川に迷い込んだ鯨は漁民たちに神として崇められ、その血肉骨の99パーセントを利用され、祀られたことだろう。命を頂き、命を繋いだ。

また個人的には迷い込んだ時期が気になる…というのも丁度、いまはえべっさんの時期で。1/9、1/10、1/11と上方はえべっさんの祭礼のシーズンで、なぜこの時期にえべっさんの祭りがあるのかな?と前々から謎に思っていたが、もしかしたら大阪湾に鯨が迷い込む時期であったのかもしれない。不思議な符合である。

いまはただ「迷い鯨」としてニュースソースになり、お茶の間の話のネタになるだけ。「淀ちゃん」ですからな。淀ちゃんて。

ちぬの浦
いさな寄るなる
をちかたは
ひねもす霞む
海恋しけれ

堺(大阪)の浦は
鯨が寄ってくるという
遥か彼方の水平線は
終日、霞んでいる
そんな堺(大阪)の海が恋しい

与謝野晶子の短歌である。堺・出島浜に石碑がある。


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