アーカイブ

‘雑感’ カテゴリーのアーカイブ

32歳

2010 年 2 月 12 日 Comments off

杜甫は洛陽で李白と会った。ベートーヴェンは「ハイリゲンシュタットの遺書」を記して自殺を考えた。家康は長篠の戦いに参加して戦国最強と謳われた武田騎馬隊が信長の火縄銃三段打ちで崩壊する現場を見ていた。近松は「出世景清」で初めて竹本義太夫のために執筆した。エジソンは白熱電球を発明。勝海舟は海軍伝習重立取扱となった。福沢諭吉はニューヨーク、フィラデルフィア、ワシントンD.C.を来訪。チャップリンは「キッド」を。ヒトラーはドイツ労働者党の総統に。ワイルダーは「青髭八人目の妻」に携わった。安吾は「吹雪物語」を刊行。

本日、32歳になりました。ええ歳にしたいです。


カテゴリー: 雑感 タグ:

大阪日日新聞記事「大阪あそ歩のシンポジウム」

2010 年 2 月 4 日 Comments off

1月30日に行われた大阪あそ歩シンポジウムの様子が大阪日日新聞に掲載されました。定員100名だったんですが、予想以上の反響で200名近い参加者が。またシンポジウム後のアンケートでは大阪あそ歩ガイド志望者も出てきました。シンポジウムをきっかけにして新しい大阪あそ歩の輪が広がっていくのは嬉しいことです。ご協力いただいた大阪市立中央図書館のみなさま、ご参加いただいたお客さまに深く感謝。

http://www.nnn.co.jp/dainichi/rensai/asobo/100204/20100204051.html

大阪あそ歩のシンポジウム  魅力、楽しみ方を“案内” 2010年2月4日

地元市民の案内で大阪のまち歩きを楽しむ「大阪あそ歩」をさらに多くの市民に知ってもらうためのシンポジウムが1月31日、大阪市立中央図書館(同市西区)で開かれた。大阪あそ歩の概要紹介や複数のガイドによるパネル討論を通じて、参加した約200人の市民が“わがまち”の魅力に関心を深めた。

 大阪あそ歩は、普通に歩くと40分ほどのコースを、地元ガイドの解説を聞きながら、マップを片手に2~3時間かけて歩く。参加者を少人数に限定することで、地元ガイドと参加者との会話や、マップにない場所を訪ねるなどアドリブの時間を楽しめる。中にはガイドのトークに熱が入り、コースを回り切るのに4時間半かかったこともあるという。

 大阪あそ歩アシスタント・プロデューサーの陸奥賢氏は、昨年、田辺であったまち歩きの事例をスクリーンで紹介。地元住民たちが復活させた大阪の伝統野菜「田辺大根」が、地元のケーキ店や和菓子店でお菓子に加工され、売り切れるほどの人気を博していることなど、地元ならではの話題に花が咲いたことなどを振り返った。

 陸奥氏は「マップはあくまでもツール(道具)。本当に面白いのはガイドとの対話。まち歩きの主役は人。参加者との対話で、逆にガイドが『そうだったんか』と教わることもある」と魅力を強調。昨年は68コースを実施したが、今年は104コースに拡大して行うことを明かし、会場に集まった市民にも参加を呼び掛けた。

 シンポジウムの後半は「大阪あそ歩のあそびかた」と題したパネル討論。考古学のガイドの経験を生かしてまち歩きガイドになった浜田容子さんは「こんな歴史がこのまちにあったのかと驚き、喜ばれるときが一番うれしい」とガイドならではの楽しみを語った。

 参加者からガイドに転身したという長谷川信正さんは、大阪あそ歩のまち歩きがキャンセル待ちのコースが出るほどの人気になってきたことについて「未曾有の不景気の中で、足元を見直そうという空気が、輝きを放っているのではないか」と分析。同じくガイドの山田重昭さんは「少人数制であることと、千円の参加料をいただいているので、ガイドとしても発奮し、まち歩きの価値が上がる」と話した。

 また同図書館1階のエントランスギャラリーには、同シンポジウムと連動して、江戸時代などの大阪案内の地図やまち歩きの先人たちを紹介するコーナーが設けられ、多くの市民が鑑賞していた。


カテゴリー: 雑感 タグ:

大阪日日新聞「澪標」コラム 日本一のまち歩き計画

2010 年 2 月 2 日 Comments off

大阪日日新聞の「澪標」でコラムを担当することになりました。以下、全文です。

みなさん、はじめまして。ぼくは「大阪あそ歩(ぼ)」(公式サイト http://www.osaka-asobo.jp/)のアシスタント・プロデューサーをやっております、陸奥賢といいます。さて、唐突ですが、みなさんは大阪あそ歩ってご存じでしょうか? これは大阪コミュニティ・ツーリズム推進連絡協議会(大阪市、大阪商工会議所、大阪観光コンベンション協会などによって構成)による企画の総称です。

 名は体を現すといいますが、読んで字のごとく、「大阪のまちを歩いて遊ぼう」というもので、2008年秋に協議会が発足して、09年は「大阪あそ歩’09春」「大阪あそ歩’09秋」と銘打って、大阪市内で、春は25コース、秋は68コースのまち歩きを行いました。今年の春「大阪あそ歩’10春」(4月上旬~6月上旬実施予定)ではなんと、100コース以上ものまち歩きを実施する予定です。

 こうしたコミュニティ・ツーリズム、まち歩きの火付け役は06年に長崎で開催されて、延べ参加者数1千万人を突破した「日本ではじめてのまち歩き博覧会 長崎さるく博」であるといわれています。長崎さるく博は、その素晴らしい大成功から、「長崎さるく」と名前を変えて、いまだに継続して実施されています。

 最近ではNHKでタモリさんが東京のまちをぶらぶらと歩いて紹介する「ブラタモリ」といったテレビ番組が放送されていて人気を博していますが、いま日本全国で「自分のまちを見つめ直そう」というまち歩きがブームとなっています。実際に、北は北海道から南は沖縄まで、いろんな地域で行政組織、任意団体、NPOなどが、盛んにまち歩きを実施していますが、その中でも、大阪あそ歩のまち歩きコース数は驚異的な数で、市町村単位では「日本一」の数を誇ります。日本のコミュニティ・ツーリズムの草分け、リーディングの「長崎さるく」ですら50コースほどですので、コース数だけでいえば、大阪あそ歩は「日本一のまち歩きプロジェクト」なのです。

 また、大阪あそ歩で注目してほしいのはコース数だけではありません。特筆すべきは、その人気ぶりで「大阪あそ歩’09春」では、まち歩きの定員数以上の予約申込があって予約率が108%を記録。「あそ歩’09秋」では、さらにヒートアップして、なんと予約率が130%を突破しました。これは「ほとんどのまち歩きコースが満員御礼で、キャンセル待ちが発生している」という状態で、関係者を大いに瞠目(どうもく)させましたが、お客さんは、一度、大阪あそ歩のまち歩きに参加すると、その面白さにはまってしまって、熱烈なリピーターとなってしまうのです。

 一体、なぜ、これほどまでに大阪あそ歩が、大阪市民に受け入れられて、熱烈に支持されているのか? 大阪あそ歩の魅力とはなにか? 大阪あそ歩の最新情報や今後の展望は?-以上のような事柄について、今後、全5回のこの『澪標』コラムの中で、いろいろとお話させていただきたいと思います。


カテゴリー: 雑感 タグ:

大坂の「粋」(すい)と江戸の「粋」(いき)

2010 年 1 月 22 日 Comments off

大坂では「すい」と読み、江戸では「いき」と読みます。同じ漢字でも、音と意味は異なります。

江戸の「いき」は、また「意気」であって、「意気地なし」という言葉があるように、己の生きざまの気概を示す言葉。

大坂の「すい」は、「推」であって、この推とは、「推し量る」「推理する」「推量を測る」の推です。つまり相手の心を慮って行動することを「すい」といいます。

「すい」というのは、だから相手に伝わらないと成立しません。また相手の心を慮る行動ができない人間のことを「無粋」(ぶすい)といいます。無粋な人間は商売になりません。相手の心を読み解くのが商いの基本ですから。

自己の意思を断固として表明するのが江戸の「いき」。自らを犠牲にしてまでも相手の心を慮って行動するのが大坂の「すい」。

武士気質の江戸と、商人気質の大坂という都市の性格が、「粋」という言葉ひとつにも現れています。


カテゴリー: 雑感 タグ:

宮中歌会始

2010 年 1 月 14 日 Comments off

かつて天皇は、恋歌を歌うことによって、国土の五穀豊穣を祈ったといいます。

「秋の田の 刈穂の庵の 苫をあらみ 我が衣では 露にゆれつつ」

天智天皇の歌も「秋の田」と「飽きた」が掛かっていて、「あなたに飽きられて庵の中で涙(露)に濡れています」という恋歌が暗示されているとか。また、この歌が面白いのが、当時は通い婚だから庵にいるのは女性ということになります。つまり天智天皇は女になりきって悲恋を歌っているんですな。男とか女とかいうセクシャリティを超えることで天皇の言葉に神性が付与される。その見事な倒錯具合。これが我が国が世界に誇る「百人一首」の記念すべき第一首ですから。ある意味、完全に変態文学で、だからでこそ尊く、素晴らしいともいえます(笑)男でもない女でもない超越者としての歌が言霊となって、大地や、稲や、水や、緑、木々の精霊たちに繁栄の祈りを届ける。

ちなみに江戸時代最後の孝明天皇まで、このような恋歌を延々と天皇は宮中で歌っていました。歌わなくなったのは明治天皇から。明治天皇は生涯で9万から10万ほどの歌を読んでいるそうで、歴代天皇の中でもダントツ。驚異的な数なんですが、佐佐木信綱が編集した撰歌集には恋歌はまったく収録されていないとか。

宮中で恋歌を読む代わりに、明治天皇はヒゲを生やして、白馬に乗って、軍服を着ました。ドイツ皇帝の真似をした。奇妙な、ヘンな時代でしたな。


カテゴリー: 雑感 タグ:

1月30日(日)大阪あそ歩のあそびかたシンポジウム

2010 年 1 月 7 日 Comments off

大阪市立中央図書館×大阪あそ歩 
大阪はまちがほんまにおもしろい!
「大阪あそ歩のあそびかたシンポジウム」

http://www.oml.city.osaka.jp/topics/osakaasobo.html

実施いたします。ぜひともご参加ください。

「地元大阪人の案内で、大阪のまちを巡って楽しもう!」というコンセプトで、2009年の春と秋に開催され、大好評を博した「大阪あそ歩」。いま、なぜ大阪あそ歩をやっているのか? 大阪あそ歩の醍醐味、その魅力とは?…自分たちのまちを深く愛している大阪あそ歩ガイドさんから、大阪あそ歩ならではの楽しみ方、遊び方をたっぷりと語って頂きます。

【プログラム】
●1Fエントランスギャラリー展解説
(「芦分船」「摂津名所図会」「浪花百景」について)
大阪市史料調査会調査員 古川武志氏

●「大阪あそ歩」の概要紹介
大阪あそ歩アシスタント・プロデューサー 陸奥賢氏

●パネルディスカッション
「大阪あそ歩のあそびかた」

パネリスト
長谷川信正氏(大阪あそ歩ガイド/NH企画代表/元毎日新聞記者)
浜田容子氏(大阪あそ歩ガイド/ドキドキ考古学代表/OSAKAゆめネット所長)
山田重昭氏(大阪あそ歩ガイド/LLP YUI企画代表)
渡邉久記氏(大阪市ゆとりとみどり振興局 観光施策担当課長)

ファシリテーター
陸奥賢氏(大阪あそ歩アシスタントプロデューサー)

【日時】
平成22年1月31日(日)午後2時から午後4時(午後1時30分開場)

【会場】
大阪市立中央図書館 5階大会議室
大阪市営地下鉄 千日前線・長堀鶴見緑地線
「西長堀」下車 7号出口すぐ

【定員】
100名(事前申込不要・当日先着順)

【対象】
どなたでも(入場無料)

【お問い合わせ】
大阪市立中央図書館・利用サービス担当 電話06-6539-3326


カテゴリー: 雑感 タグ:

堺 七まち 水野鍛錬所 

2010 年 1 月 3 日 Comments off

4
いつも大変、お世話になっている堺の水野鍛錬所さんの年始めの初打ちにお招きいただきました。ぼくもちょっとだけ鉄を打たせてもらいました。写真はそんときの様子です。

なかなかできない体験。感動しました。水野さん、ありがとうございました。


カテゴリー: 雑感 タグ:

『浪華下鏡』(泥棒番付)

2010 年 1 月 1 日 Comments off

江戸時代の大坂では、毎年、正月に『浪華下鏡』というのが出たそうです。これはなんと泥棒の番付ランキング表。これ以外にも大坂では「長者番付」「大工番付」「職人番付」「博打人番付」「剣術番付」「相場師番付」「スリ番付」「橋番付」「役者番付」「医者番付」「料亭番付」「遊廓番付」「堀川番付」などが発表されていたとか。

大坂は天皇、公家も、将軍、武家もいません。町民、庶民のまちでした。町民、庶民は、好奇心旺盛で、権威、権力を信じない。唯物主義です。「王様は裸や」と言い切る。冷徹な、リアルな、審美眼を持っています。

こういうまちだから、商売する方は必死。自分の商いに切磋琢磨する。料理屋なんかも、誰もが腕を競い合う。なにせ丁稚でも「あそこのうどん屋の出汁は、なかなか昆布がきいてうまい」なんて、仲間内で評価しあいますから。「創業が古いからええ」とか「天皇、将軍が召し上がったからええ」というような基準は、大坂ではまったく通用しません。鼻で笑われる。こういう過剰な、熾烈な自由競争主義、自由経済主義の中から世界最高峰の食文化、「くいだおれ」の食文化が生まれてきた。

『浪華下鏡』(泥棒番付)というのも庶民文化の極めつけでしょう。泥棒まで競争させられたわけですから(笑)まさに世界史上でも、特筆すべき庶民都市。それが大坂でした。じつに懐が深い。圧巻ですな。


カテゴリー: 雑感 タグ:

2009年、ありがとうございました!

2009 年 12 月 31 日 Comments off

色々あった1年でした。脇目もふらずに一直線に、全速力で走り抜けたという感じです。

連日、雨の日も晴れの日も風の日も台風の日も大阪市内を歩き回って68の大阪あそ歩のまち歩きコース、マップを作成することができました。来年は150コース作ります。みんなからは「正気の沙汰やない」と言われてますが諸般の事情がありまして…ぼくが倒れたら、あとは頼みます。冗談ですが(笑)

「なんでそんなに必死になって150コースも?」と問いかけられるのですが、150コースで、ほぼ大阪市内全域(エリア)を網羅することが可能と予測してるんです。ちなみに「エリア」ではなくて「近松門左衛門の心中ものの道行を辿る」とか「幕末の事件を巡る」「大阪五低山を制覇する」といった「テーマ」という括りでまち歩きコースを作成していけば、これはもう無尽蔵にできていきます。大阪のまちのポテンシャルはほんとに驚異的ですから。

いずれにせよ来年は大阪市内全域、どこででも大阪あそ歩が展開されることになります。これはつまり「あなたのまちに、大阪あそ歩のまち歩きがあります」ということなんですわ。大阪市民であれば、必ず、あなたの生活圏内に、大阪あそ歩のまち歩きが繰り広げられている。「まち歩きをしに、どっかのまちへお出かけしよう」ではないんです。あなたがいま、生活している日常の空間。子供のころの遊び場。学生時代の通学路。仕事をしている現場。普段と何ら変わらない、いつもの、何気ない、あなたのまち。自分のまち。そこが大阪あそ歩の主要舞台、メインステージとなる…150コースのまち歩き、というのは、そういう証明であり、宣言です。

今秋は大阪あそ歩の参加者さんから「大阪あそ歩はようさんコース数があって、どこに参加したらええかわからんわ。どこのまちがええんか教えて」とよく訪ねられたんですが「そんなの簡単です。あなたが住んでいる、自分のまちの大阪あそ歩から参加してください」。そういう風に言えるわけで、早く、そういう風に言いたいんですわ。そして大阪あそ歩に参加してもらって開眼してほしいんです。「自分のまちはなんて素晴らしいんだ!」と。

大阪あそ歩をやる意義は、そこです。「見知らぬまちがおもしろい」「どっかのまちがおもしろい」ではないんです。「自分のまちこそがおもしろい!」。すべての大阪市民に、自分のまちに対して、そういう認識、自信、誇り、プライド、愛を持って欲しい。

こういう風にいうと「自分のまちには何もない」という方がいるんですが、そんなことはありません。大阪のまちには必ず歴史や文化や物語やドラマがある。知られてないだけです。見えていないだけです。埋もれているだけです。実際に「自分のまち」は、めちゃくちゃおもしろいんです。まち歩きマップを片手に、大阪あそ歩のガイドさん、サポーターさんと一緒にまちを歩けば、それはもう唸って、夢中になって、知恵熱が出そうになるぐらい、面白い。ウソやおまへん。その証明を大阪あそ歩はやってきました。これからもやっていきます。素晴らしいガイドさん、サポーターさんが、その事実をあなたに伝えてくれます。真摯に。誠実に。溢れんばかりの情熱をもって。ぜひ来年は「自分のまちの大阪あそ歩」に参加してみてください。いろんな気付きがあるはずです。それは、もう、世界が一変するほどの衝撃です。「観光」は「光を観る」と書きます。本当に「光」が観えてきます。

最後に。2009年、大変な1年でしたが大阪あそ歩ガイドさん、サポーターさん、事務局の皆さんのおかげで、なんとかやってこれました。苦しいことと、嬉しいことと、山あり谷ありでしたが、それこそが生きている証明だと、しみじみと想いながら大晦日を迎えています(ちょっと大げさですが大晦日ですから許してください。笑)。今年お会いしたすべての方に、ただただ感謝。心から。本当にありがとうございました。来年もよろしくお願いします。

2009年12月31日 むつさとし拝


カテゴリー: 雑感 タグ:

甘樫丘

2009 年 12 月 30 日 Comments off

年末最後まで仕事の予定でしたが、意外と早く終わって、ちょっと余裕があったので、車に乗って日本最古の官道・竹内街道を使って堺から太子町、二上山、明日香村、三輪山まで行ってきました。

途中で、誉田八幡宮、応神天皇陵、叡福寺(聖徳太子墓)、科長神社、小野妹子墓、橿原神宮(神武天皇墓、畝傍山)、亀石、甘樫丘、入鹿の首塚、三輪神社、狭井神社なんかをブラブラ。河内王朝、飛鳥王朝、三輪王朝を訪ねる旅です。久しぶりに箸墓古墳、巻向遺跡も見たかったんですが、そこに辿り着くまでに、日が暮れてアウト。残念!
21
写真は甘樫丘にて。蘇我一族の夢の跡。後方の山が大和三山の畝傍山です。その麓が神武天皇陵で、橿原神宮。

「大和は國のまほろば」。良い気分転換になりました。


カテゴリー: 雑感 タグ: