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2010 年 1 月 のアーカイブ

大坂の「粋」(すい)と江戸の「粋」(いき)

2010 年 1 月 22 日 Comments off

大坂では「すい」と読み、江戸では「いき」と読みます。同じ漢字でも、音と意味は異なります。

江戸の「いき」は、また「意気」であって、「意気地なし」という言葉があるように、己の生きざまの気概を示す言葉。

大坂の「すい」は、「推」であって、この推とは、「推し量る」「推理する」「推量を測る」の推です。つまり相手の心を慮って行動することを「すい」といいます。

「すい」というのは、だから相手に伝わらないと成立しません。また相手の心を慮る行動ができない人間のことを「無粋」(ぶすい)といいます。無粋な人間は商売になりません。相手の心を読み解くのが商いの基本ですから。

自己の意思を断固として表明するのが江戸の「いき」。自らを犠牲にしてまでも相手の心を慮って行動するのが大坂の「すい」。

武士気質の江戸と、商人気質の大坂という都市の性格が、「粋」という言葉ひとつにも現れています。


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宮中歌会始

2010 年 1 月 14 日 Comments off

かつて天皇は、恋歌を歌うことによって、国土の五穀豊穣を祈ったといいます。

「秋の田の 刈穂の庵の 苫をあらみ 我が衣では 露にゆれつつ」

天智天皇の歌も「秋の田」と「飽きた」が掛かっていて、「あなたに飽きられて庵の中で涙(露)に濡れています」という恋歌が暗示されているとか。また、この歌が面白いのが、当時は通い婚だから庵にいるのは女性ということになります。つまり天智天皇は女になりきって悲恋を歌っているんですな。男とか女とかいうセクシャリティを超えることで天皇の言葉に神性が付与される。その見事な倒錯具合。これが我が国が世界に誇る「百人一首」の記念すべき第一首ですから。ある意味、完全に変態文学で、だからでこそ尊く、素晴らしいともいえます(笑)男でもない女でもない超越者としての歌が言霊となって、大地や、稲や、水や、緑、木々の精霊たちに繁栄の祈りを届ける。

ちなみに江戸時代最後の孝明天皇まで、このような恋歌を延々と天皇は宮中で歌っていました。歌わなくなったのは明治天皇から。明治天皇は生涯で9万から10万ほどの歌を読んでいるそうで、歴代天皇の中でもダントツ。驚異的な数なんですが、佐佐木信綱が編集した撰歌集には恋歌はまったく収録されていないとか。

宮中で恋歌を読む代わりに、明治天皇はヒゲを生やして、白馬に乗って、軍服を着ました。ドイツ皇帝の真似をした。奇妙な、ヘンな時代でしたな。


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1月30日(日)大阪あそ歩のあそびかたシンポジウム

2010 年 1 月 7 日 Comments off

大阪市立中央図書館×大阪あそ歩 
大阪はまちがほんまにおもしろい!
「大阪あそ歩のあそびかたシンポジウム」

http://www.oml.city.osaka.jp/topics/osakaasobo.html

実施いたします。ぜひともご参加ください。

「地元大阪人の案内で、大阪のまちを巡って楽しもう!」というコンセプトで、2009年の春と秋に開催され、大好評を博した「大阪あそ歩」。いま、なぜ大阪あそ歩をやっているのか? 大阪あそ歩の醍醐味、その魅力とは?…自分たちのまちを深く愛している大阪あそ歩ガイドさんから、大阪あそ歩ならではの楽しみ方、遊び方をたっぷりと語って頂きます。

【プログラム】
●1Fエントランスギャラリー展解説
(「芦分船」「摂津名所図会」「浪花百景」について)
大阪市史料調査会調査員 古川武志氏

●「大阪あそ歩」の概要紹介
大阪あそ歩アシスタント・プロデューサー 陸奥賢氏

●パネルディスカッション
「大阪あそ歩のあそびかた」

パネリスト
長谷川信正氏(大阪あそ歩ガイド/NH企画代表/元毎日新聞記者)
浜田容子氏(大阪あそ歩ガイド/ドキドキ考古学代表/OSAKAゆめネット所長)
山田重昭氏(大阪あそ歩ガイド/LLP YUI企画代表)
渡邉久記氏(大阪市ゆとりとみどり振興局 観光施策担当課長)

ファシリテーター
陸奥賢氏(大阪あそ歩アシスタントプロデューサー)

【日時】
平成22年1月31日(日)午後2時から午後4時(午後1時30分開場)

【会場】
大阪市立中央図書館 5階大会議室
大阪市営地下鉄 千日前線・長堀鶴見緑地線
「西長堀」下車 7号出口すぐ

【定員】
100名(事前申込不要・当日先着順)

【対象】
どなたでも(入場無料)

【お問い合わせ】
大阪市立中央図書館・利用サービス担当 電話06-6539-3326


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堺 七まち 水野鍛錬所 

2010 年 1 月 3 日 Comments off

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いつも大変、お世話になっている堺の水野鍛錬所さんの年始めの初打ちにお招きいただきました。ぼくもちょっとだけ鉄を打たせてもらいました。写真はそんときの様子です。

なかなかできない体験。感動しました。水野さん、ありがとうございました。


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『浪華下鏡』(泥棒番付)

2010 年 1 月 1 日 Comments off

江戸時代の大坂では、毎年、正月に『浪華下鏡』というのが出たそうです。これはなんと泥棒の番付ランキング表。これ以外にも大坂では「長者番付」「大工番付」「職人番付」「博打人番付」「剣術番付」「相場師番付」「スリ番付」「橋番付」「役者番付」「医者番付」「料亭番付」「遊廓番付」「堀川番付」などが発表されていたとか。

大坂は天皇、公家も、将軍、武家もいません。町民、庶民のまちでした。町民、庶民は、好奇心旺盛で、権威、権力を信じない。唯物主義です。「王様は裸や」と言い切る。冷徹な、リアルな、審美眼を持っています。

こういうまちだから、商売する方は必死。自分の商いに切磋琢磨する。料理屋なんかも、誰もが腕を競い合う。なにせ丁稚でも「あそこのうどん屋の出汁は、なかなか昆布がきいてうまい」なんて、仲間内で評価しあいますから。「創業が古いからええ」とか「天皇、将軍が召し上がったからええ」というような基準は、大坂ではまったく通用しません。鼻で笑われる。こういう過剰な、熾烈な自由競争主義、自由経済主義の中から世界最高峰の食文化、「くいだおれ」の食文化が生まれてきた。

『浪華下鏡』(泥棒番付)というのも庶民文化の極めつけでしょう。泥棒まで競争させられたわけですから(笑)まさに世界史上でも、特筆すべき庶民都市。それが大坂でした。じつに懐が深い。圧巻ですな。


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