ナポレオンと徴兵制度と自由主義と人口調整

当たり前のことなんですが自由主義が浸透すると、結婚率は下がるし、子供も産まなくなります。国家が「産めよ増やせよ!」とやらない限り、人口は増えません。つまり人口増という現象は近代国家の国策です。

そもそも人口が増えるのは人類史の中でも「異常」「イレギュラー」な事態でして。過去の長い人類の歴史において人類の人口は、ほとんど増えていません。江戸時代の大坂は250年間、常に30万から40万人で推移してました。増えたり減ったりを繰り返した。それが「普通」なんです。

ではなぜ近代国家が「生めよ増やせよ」をやったか?といえば、これは徴兵制度の浸透によります。国民=兵隊で戦力になったから。これをはじめたのが天才ナポレオンです。

中世までのヨーロッパは「傭兵」による戦争でした。兵隊というのは専門家、プロがいて、それを金で雇って戦争をしていた。しかしナポレオンは「愛国心」を訴えて「国民兵」を作ったんですな。国民兵はお金がかかりません。「無料」で、いくらでも、できます。ナポレオンの強さはそこにありました。それを象徴するのがフランス国歌の「ラ・マルセイエーズ」。これ、ほんとに、すごい歌詞ですよ。例えば「市民らよ 武器を取れ 軍隊を 組織せよ 進め! 進め! 敵の汚れた血で 田畑を満たすまで」といった調子で、こんな曲歌ってええのんか?と思うぐらい、戦闘的で情け容赦ない(笑)

こういう国民兵の残虐さと比べると「傭兵同士の戦い」は決着がつきません。お金で雇われていますし、お互い、稼業ですんで「命あっての物種」「まぁまぁ」でやるわけです。ヨーロッパの中世の歴史は戦争の歴史ですが、やたらと、その期間が長い。百年戦争(英仏戦争)は文字通り、100年間以上やってます。100年も戦争をやれたのは、傭兵同士だからです。本気やなかったんですな。

そして本当に恐ろしいのは「国民兵同士の戦い」で、これは愛国心に駆られて、やる方が本気ですから。「国家のためなら命すら惜しくない!」と思い込んで、限度がありません。最終的には「○○民族は劣等民族だ!全滅させろ!」という根絶やしの戦争になります。人類がはじめてそれを経験したのが、第一次世界大戦と第二次世界大戦。それぞれ4年と6年やりましたが、信じられないほどの大量虐殺の恐ろしい大戦争になりました。変な話ですが、傭兵同士の戦争であれば、こんなことはなかったでしょう。国民兵同士の争いだから、こういう結果となった。ナポレオン(近代国民国家)の罪であり、愛国心の恐ろしさです。

しかし、もはや近代国家の国策に盲目的に則る時代ではありません。また地球資源も有限です。これからの人類には人口増加ではなく、人口調整、人口抑制が求められます。いまの日本は先進国では唯一、人口減少国家となってます。これが進むと日本はどうなることか?・・・と悲観する学者もいますが、それほど悲観的なことでもないと思ってます。

また子供がいないと消費は増えます。財産を残していてもしょうがないですから。いまの団塊の世代がケチといわれるのは、子供や孫にお金(家や土地)を残そうとするからです。親心なんですが、団塊の世代は数が多いですから、そうやって全員が全員、お金を溜め込んだ結果、日本全体がデフレとなっています。

大量生産、大量消費の時代は終わりました。戦争も必要ないし、貯蓄も必要ない。自由主義を浸透させて、人口を調整することで、物事をまるく治める。そういう知恵を発揮するべきやないか?と思ってます。近代国家の「産めよ増やせよ」ではなく、近代以前の、人類の自然な歩みに習おうということなんですが。温故知新です。


2010年 4月 28日
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