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2024 年 10 月 のアーカイブ

時空散走はヒストリー(歴史)だけではなくてライフ(人生)を語る

2024 年 10 月 14 日 Comments off

いわき時空散走フェス2024秋、はじまってます。平ツアー、赤井・平窪ツアーも超絶楽しかった。ほんまに素晴らしい。

これは僕の個人的な反省でもあるんですが、いままでのまち歩きやツアーはガイド(講師、先生、専門家、長老、えらいひとなど)が一方的に喋りすぎました。モノフォニー(単旋律、一声性)すぎた。

当然の話ですが、まち(コミュニティ)はガイドだけのものではないですから。みんなのものです。だから、まち歩きの参加者にも当然、まち(コミュニティ)を自由闊達に語る権利がある。

エライ先生がまちを語って、いろいろと教えてくれるもんだから、それにアッサリと上書きされてしまい、自分の口で「自分のまち」「等身大のまち」を語るという機会が奪われてしまう。とてももったいない。

参加者もまち(コミュニティ)の当事者なのだから、自分の経験やら雑談やら思い出話やら聞いた話やら噂話やらエビデンスなんかまったくない良い加減な都市伝説でも何でもいいから「わたしのまち」「わたしとまち」を語れるし、じつは語る行為によって、ようやく自分とまちとの関わり方、捉え方、関係性、認識が見えてくる。わかってくる。

その内容が歴史的事実と合っているとか間違っているとか、そういうことは一旦置いて、まず「まち語り」をするという経験によって、ようやく「まちびととしての当事者性」を回復すると僕は考えています。

まちづくりやまちおこしといった、何かまちで事を起こしたり、行動するに当たって、まず「自分こそがこのまちの当事者なんだ」という意識なくして、それらの活動は始まりません。起こせません。

だから、いわき時空散走では、参加者全員がそれぞれに、自分なりの「まち語り」をして、それを許容して、シェアするポリフォニック(多声性)なツアーにしたいと思ったわけです。なので「ガイドではなくてサポーターがいるコミュニティ・ツーリズム」のプロジェクトにしようと考えた。

いわき時空散走のサポーターは何度かいっていますが、ツアーの道案内はしますが、基本的にはツアー参加者の話を聞いたり、促したりするファシリテーターの役割です。「参加者(みなさん)自身がガイドですよ」と最初に宣言してツアーに参加してもらってます。おかげさまツアー参加者のみなさん、ようしゃべるようしゃべるw 大阪人以上にしゃべってますw

時空散走はヒストリー(歴史)だけではなくてライフ(人生)を語るツアーともいえます。思い思いに、自分たちのまちの思い出を語るのですが、そこには自ずと、その人のライフ(人生)が滲み出てくる。歴史の話はやはり少し遠いです。実感として、よくわからないところがどうしてもある。安藤信正公とか会ったこともないしw

しかし、ツアー参加者の「まち語り」は、リアルだから共感、共鳴、共振してしまう。自然とみんなが仲良くなっていく。ツアーが終われば、もう既に、そこに新しいコミュニティができあがっている。コミュニティ・ツーリズムの神髄、真価が時空散走にはあると僕は断言します。

また、いわきの人は、みんな自然と、それなりに、朧気ながらでも「わたしとまち」「わたしのまち」の「まち語り」ができるんですよ。それはやはり2011年に東日本大震災と福島原発事故があったからだろうと思います。

あの時、いわきの人(これは福島の人、東北の人全員にいえることですが)は、だれかれ問わず、等しく全員に「なぜこのまちはこうなってしまったのだろうか?」「これからわたしはこのまちでどう生きていこうか?」という問いを、眼前に、切実に、真剣に迫られた経験がありますから。

そういう経験があったいわきの人たちだから、どこの都市の人たちよりも「まち語り」ができるんだろうと僕は思ってます。それは凄いことなのです。ある意味、それこそが、いわきの可能性であるし、未来に繋がることだと思ってます。

参加者全員が「まち語り」をするいわき時空散走は、そういう意味でいえば、最もいわきらしい、いわきに適したコミュニティ・ツーリズムだろうと思ってます。いわきだから、これだけ盛り上がるんだろうとも。

時空散走フェス2024秋は、12月まで続きます。もうどのツアーも満員御礼ばっかりになってきましたが、あと1、2名ならなんとか…というコースもいくつかあります。ぜひともお早めにお申し込みください!

■いわき時空散走・イベント

https://jiku-sanso.jp/event/

※画像はリケンさんのTwitterより。いい写真やなぁ。さすがリケンさん。ありがとうございます!^^


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田部君子をはじめて知ったとき

2024 年 10 月 12 日 Comments off

【福島県】田部君子フェスティバルのトークイベント「田部君子をはじめて知ったとき」。いわき・小名浜出身で、いまは東京で活躍なさっている歌人の井上法子さんをお招きして、いろいろと君子の短歌についてお話しして頂きました。

君子の短歌の特徴のひとつとして場所や状況を特定するような固有名詞などは実はあまりなく、それよりも「含みのある言葉」が使われていて、それが読む人それぞれの多種多様多彩な解釈を産む余地となり、だから時間や空間(時空!)を飛び越えて君子の短歌に共感、共鳴、共振してしまうのでは?という井上さんの解説に納得でした。

含みがある言葉を使いながら、それでいて巧みに本歌取りをしていたり、言葉の音律で面白おかしく遊んでいたり、現実と虚構が交錯するような幻視的な言葉を組み合わせていたりと、君子の歌人としての天才性、その妙味や奥深さにも気づかされました。とんでもない歌人です。ほんまに。生まれた場所や時代が違っていたら、どれほどその才能が開花していただろうか…と思わずにはいられない。もしかしたら草野心平級の歌人になっていたかも知れない。そうなっていたら、いわきの文学世界ももっともっと広がっていたことでしょう。あまりに、あまりにも早逝が惜しまれる。

また個人的に、なるほど!と膝を打ったのが井上さんが「私がこの短歌を作りたかった」と君子の短歌を評したこと。これはなかなか凄い言葉で。君子との邂逅の衝撃や羨望や賞賛がありつつ、しかし井上さんの歌人としての在り方や矜持、美学のようなものも感じ取れて、いやあ、痺れましたw

いわき時空散走のリサーチで田部君子という先人を知れたのは嬉しいことでしたが、そのことがキッカケで井上法子さんという現代のいわきの歌人(井上さんはそういわれることに戸惑いがあるかもしれないですが…)と出会えたことも二重の喜びでした。また何か時空散走と短歌ワークショップのコラボなど企画したいなあと思っています。井上さん、よろしくお願いしますw

トークイベントの会場には、井上さんの高校時代の恩師や、田部君子を最初に発掘してくれた勿来関文学歴史館のみなさん、時空散走メンバーも大勢きてくれて、いろんな出会いがあったようで良い場になったように思います。本当にありがとうございました!( ´ ▽ ` )

※画像はトークイベント後の打ち上げで訪れた「漁夫」。秋刀魚と鰹の刺身。常磐もの、美味すぎる…。参りました。「漁夫」も大阪に欲しいw


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100年に1回しか借りられなかった

2024 年 10 月 12 日 Comments off

大阪市立図書館さんから返却催促メールがきて明日からいわきなんで慌てて深夜1時にチャリで図書館にいって本を返却する。いや、ちゃんと返却してなかったワイが悪いんやけど。すすすすいません!

図書館がないと僕の仕事は成立しない。郷土資料の類には常にお世話になっている。貴重書も多い。マニアックなことを調べていたりするので僕が読みたい本、資料の中には1年に1回借りられるかどうか?というような本もあるだろう。ひょっとしたら10年に1回みたいな珍しい機会だったりするかもしれない。

図書館の本当の価値、凄さというのは「100年に1回しか借りられなかった」というような本が何冊あるか?だと僕は思っている。100年に1回だけの需要。100年に一度現れた、その本を読みたい!という奇特(?)な人がいて、その人のお役に立つこと。それこそが図書館の図書館たる由縁です。公共財(コモンズ)としての図書館の存在意義です。

村上◯樹の新作みたいに読みたいという人がいっぱいいて予約が殺到する本なんてのがいっぱいあることが図書館の価値ではないということです。「貸出率」みたいなことで図書館の本をセレクトするとベストセラーしか置かない無味乾燥な図書館になる。

昔、どっかのTSU◯AYA図書館がまさしくそれをやって、もはや図書館にしか置かれていないという貴重な郷土雑誌のバックナンバーを「あんまり貸し出されないから」と廃棄処分にして大問題となった。おいおい。レンタルビデオやないんやから。そういう「貸出率の低さ」みたいな数字で本の価値を測られると、とんでもない文化的損失を犯しかねない。

人類が多少なりとも他の生物よりも文明的な存在だとするならば、それはつまり文字、記録、資料、本を残しているからなのですよ。100年に一度しか貸し出されない本や資料を保存するというのはタイパ、コスパ重視の新自由主義者からしたら馬鹿らしい非効率的な行為なのかもしれないが、文字、記録、資料、本を簡単に破棄する行為は人類史への冒涜であり、歴史的愚挙であります。

焚書坑儒で秦が滅亡したように、反ドイツ主義の焚書によってナチスが崩壊したように、「本を焼く者は、やがて人も焼くようになる」というハイネの警句は達見です。

ちょっと話は飛びますが、奈良県知事(維新系)の民俗博物館の資料廃棄の検討も僕は非常に危惧しています。我々は焚書的愚行に常に抗わないといけない。それは我々自身を滅ぼすことに繋がりかねない。


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【いわき時空散走】関係者、サポーター、スタッフのみなさまのおかげで、ついに公式サイトができました!本当にありがとうございます!

2024 年 10 月 2 日 Comments off

【いわき時空散走】関係者、サポーター、スタッフのみなさまのおかげで、ついに公式サイトができました!本当にありがとうございます!

5つのエリアのマップも無料で公開されています。「いつでも、どこでも、だれでも自由に使っていい」というコモンズ・デザインです。マップを使って自転車で巡るもよし。まち歩きに使うもよし。学校の探求の授業で使うもよし。会社の研修に使うもよし。まちづくり、まちおこしのツールに使うもよしです。

8エリア、9ツアーの募集も開始され、予約がどんどん埋まっています。おそらく全ツアー満員御礼になりそうです。お早めにお申込みください~!^^

詳細は以下公式サイトよりm(_ _)m

■いわき時空散走

https://jiku-sanso.jp/

■四ツ倉駅:大野・玉山
忍夜恋曲者!滝夜叉姫ゆかりの地を求めて~玉山鉄道跡からいわき最大の前方後円墳・玉山古墳へ~

https://jiku-sanso.jp/area/19/

■植田駅:植田・佐糠・金山
勿来発電所の集合煙突を仰ぎ見ながら~植田宿、佐糠薬師堂を経て安寿と厨子王伝説の金山をゆく~

https://jiku-sanso.jp/area/47/

■小川郷駅:小川郷
何事かを為せ!小川郷に生まれたる者たち~ライス・キング、櫛田民蔵・ふき夫妻、草野心平ゆかりの地をゆく~

https://jiku-sanso.jp/area/49/

■赤井駅:赤井・平窪
夏井川から霊峰・閼伽井嶽薬師を望む~赤井凱旋門から鬼馬童子、からし坊主、龍燈伝説の地へ~

https://jiku-sanso.jp/area/45/

■いわき駅:城山・平
天下の名城・磐城平城から城下町・平を巡る~磐高、磐女の青春の舞台から歌人・田部君子ゆかりの地まで~

https://jiku-sanso.jp/area/32/


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