高知県高岡郡越知町から横倉山を遥拝す
2026 年 1 月 5 日
高知県高岡郡越知町から横倉山を遥拝す。
越知町の西方に位置するのが横倉山。ここは安徳天皇が生き延びて暮らした…という伝説のある霊峰で安徳天皇の墓もあり、それは宮内庁がちゃんと管轄していたりする。何かしら信憑性が高いと宮内庁も判断したのだろうか?
越知(おち)という町名からして意味深ではあり、平家の落武者、安徳天皇の落ち延びの「おち」からきている…というような俗説もあるようだ。そんなわかりやすい地名、町名つけへんやろと思いますが。
町役場の手前に越智新兵衛という謎めいた人物の墓があり、大事に守られている。越知村の開拓者らしいのだが、南北朝時代の落武者だとか戦国時代の落武者だとか、モノの本で書かれていることが違い、情報が錯綜している。正体がよくわからない。
Googleマップで池川や越知、横倉山を検索してもらうとわかるが、確かにとんでもない山間にある集落で、人が住むには難所であろうと思う。何かしらの事情がなければ、なかなかここに移り住み、開拓しようとはならないのではないか?上方、畿内の政争、戦争に敗れて「おち」てきた人というのも確かにいるのだろう。
しかし明治維新以降は流通もよくなり、越知は商業都市として発展して、隣の佐川町(土佐藩筆頭家老の深尾家が治めていて地域有数の城下町だった)に負けず劣らずに栄えた時代もあったという。
陸奥万太郎、陸奥龍彦が暮らしていた時代がまさにその時代で、池川村土居の集落から越知町に至って近代日本の発展ぶりを如実に体感したのではないかと思う。ここで陸奥龍彦は国学者として活動していたらしい。
毎朝毎夕、横倉山を遥拝して暮らしていたのかも知れない。
カテゴリー: 雑感