ホーム > 雑感 > 名教館

名教館

2026 年 1 月 5 日

高知県高岡郡佐川町。土佐藩といえば山内家であるが主席家老・筆頭家老に深尾家がいる。この深尾家は北条・小田原攻めや大坂の陣などで武勲を挙げ、さらに山内家に先行して長宗我部の残党がいる土佐に入国して難儀な交渉ごとを見事に纏めたとか。それらの功績が認められて特権的に佐川1万石を拝領して自治が許されていたらしい。

具体的には土佐藩の家老のほとんどは土佐城周辺に屋敷を持ったが、深尾家だけは佐川に住むことが許されていたという。おかげで江戸時代から佐川町は深尾家の城下町として繁栄を誇った。

山内家と深尾家は基本的には主従ではあるが、血縁関係も非常に色濃く、時には藩政のことで緊張や対立もあるという独特の関係性であった。こんな複雑な関係性で統治されていた領地も珍しい。だからでこそ深尾家はかなりクレバーな立ち回りが要求されたと思われる。

佐川1万石の領地、主席家老の地位と名誉を守るために、深尾家は必死のパッチで教育に全力を注ぎ、有用な藩士の登用、人材育成に努めた。そのために作られた郷校を「名教館」といい、いまも建物が保存されて名教館、深尾家、佐川の歴史、文化を伝えるミュージアムとなっている。

この名教館からは特に明治以降にいろんな人材が輩出していて田中光顕(宮内大臣)、牧野富太郎(日本植物学の父)、西谷退三(英文学者・博物学者)、広井勇(日本近代土木の父)、水野龍(ブラジル移民の父)など綺羅星の如くの偉人たちがいる。まさに驚異的です。

深尾家も近代以降は男爵家となり、そこから深尾隆太郎が出ている。大阪商船副社長、日清汽船社長、南洋拓殖社長、日本サッカー協会会長など実業家として活動し、貴族院議員でもあった。

やはり教育しかないんでしょうな。日本の礎は教育です。


カテゴリー: 雑感 タグ: