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国、公、共は同義ではない

2026 年 2 月 11 日

国、公、共は同義ではない。国益、公益、共益を考えればいい。国益は国家を超えない。公益や共益は国家を超越する。地球温暖化対策は公や共の精神に立脚する。多くの国や企業が共に助け合う共心でCO2削減に努力する。CO2を大量排出する国、企業はより多くの努力で削減に取り組む。それこそが公心です。

共は相互に互恵的な関係。助け合いのコミュニティ。公は自身のリソースや利益を自己犠牲にしてまでも社会や他者のために尽くす高い倫理観から発露される。国はその公や共を担保するための社会システムであったが、いまや極一部の政治家や大企業が牛耳って公金を搾取するだけの構造に変容してしまった。

国が、そういう極一部の政治家や資本家に乗っ取られて搾取的な支配構造のシステムに変容してしまった時代に一体どうやって「公」や「共」のセーフティネットを担保すればいいのか?国を立て直すことが出来ればそれに越したことはないが、その取り組みをしつつも新しいアプローチも必要になってくる。

一つ必要なのは「国」と「公」と「共」を混同しないことで。いまやこの国で「国のために」という謳い文句は、もはや「極一部の政治家や大企業のために」と同義語だったりします。そういうことを曰う政治家はかなり注視して疑ってかからないといけない。本当にそこに公や共の精神があるのか?

常に疑え。


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