鰻谷の名喫茶「ダンケ」の「琥珀のエッセンス」。美味すぎ!ww
ぶっちゃけ言いますと、年間で15000冊売れたらええわ、と思ってました(笑)この御時世ですからね。本はまったく売れないし、大不況だし、さらに大地震に津波に原発事故ですから。ところがいざ「大阪あそ歩まち歩きマップ集」が市場に出てみると普通に支持されている。感謝しかないです。本当にありがとうございます!
http://www.osaka-asobo.jp/common/maplist
「文字」を手に入れたことで、ぼくらは堕落した。偉大なる口承文学の系譜。『古事記』を滔滔と語った稗田阿礼の神聖なる荘厳さは、もはや日本民族にはない。言葉には魂や霊が宿る。曰く言霊。この言霊の信仰は、中世よりも古代、古代よりも上古人に色濃くあった。稗田阿礼はすべての神々の名前を、先祖の記録を、いつなんどきでも口承で再現しえたに違いない。言葉をひとつでも間違えれば、神は神でなくなる。先祖は先祖の地位を失う。神や先祖と、我々をつなぐものは、ただ言霊だけだった。その名は一言一句も間違えることは許されない。また、そこには声色やメロディーや調子やリズムもあったに違いないのに、そうした言霊は「文字」によって代替されることによって、永遠に歴史の彼方にロストされてしまった。失われたものは、あまりに大きい。
「文字の無かった昔、ピル・ナピシュチムの洪水以前には、歓びも智慧もみんな直接に人間の中にはいって来た。今は、文字の薄被(ヴェイル)をかぶった歓びの影と智慧の影としか、我々は知らない」
中島淳『文字禍』より
文字は影。もちろん美しい影もあるけれども。
堺の宝!堺の星!堺の誇り!コミュニティ・カフェ「パンゲア」の手作りバナナケーキ。美味です!決してオーナーに「Facebookで宣伝しろ」とか脅されてません!ww
http://www.pangea-sein.com/
ようやく桜が咲きはじめたと思ったら、この嵐。花に嵐のたとえもあるぞ。さよならだけが人生だ、ってか。
いや、しかし、桜の花弁は、散る時がくるまでは決して散りません。嵐がやってきても耐える。じつは意外にも、桜はしぶとい花なんですな。したたかといってもいい。「散り際がいい」なんていって桜に心情を託すのは人間さまのご都合ご勝手。桜をみて泣こうが喚こうが、売文屋が「屍体が詰まっている!」なんて告発しようが、桜はそんなことはまるで知らない。
そう。桜は桜。桜は桜を演じない。だから美しい。愚かしくも美しい。白痴のように美しい。
取り留めのない呟き。これすらも桜にはまったく関係ない話。永遠の平行線。それが桜と人の詩。