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うちのオカンから「お経をよめ!」と繰り返し繰り返しいわれて僕は小さい頃から意味不明なお経を毎日毎日読まされていた。
その影響で「文意を理解せずとも読む」が身に備わった僕は小4ぐらいには『日本人とユダヤ人』『戦国武将の危機管理(リスクマネージメント)』なんて本を平気で読んでいた。
どれだけ難解な本でも、なんとなく読む。目を通してみる。意味がわからなくても読む。「本とは意味不明なものである」というのがわかっているから全く苦にならない。難しくない。理解できなくてもいい。「わからんなあ」と思いながら何度も繰り返し読むと、だんだんとわかってくる。
時には間違って理解したりもするが、それでもいい。その間違いが、時と場合によっては間違いでない時もある。「間違い」「勘違い」「錯覚」もまた人生の綾であり、彩りです。それがないと恋愛すら始まりまへんでw
文意、論理、ロジカルではなくて詩的に読む。ポエティックに読む。それが「直観」に繋がる。
「直観」(直ちに達観する)というのはそういうもので、そこに理由や理屈、エビデンスなどないw 自分にとって「閃き」になれば何でもいい。「本とは、言葉とは、直観するものである!」という僕の信念、思想、哲学が後年に「本遊び」の直観讀みブックマーカー~本と人との新しい出逢い方~に結実するわけですw
要するに、意味不明なまま読むお経は、江戸時代の寺子屋でいうところの「素読」の修練になってたんですな。いつのまにか「直観力」を鍛えることになった。それが僕の生きる力となっている。
母方の家が、オカンがカルトにはまったから、そういう力に、作用に、僕は気付いてしまった。いやあ、霊●会すごい(そうなのか)
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失われた幻の巡礼を探るトーク!
僕の大阪七墓巡り復活プロジェクトの報告のあとに、小野さんから一宮七墓についてのリサーチ話。その後、江尻さんから十十王申すについて。おっさん3人で大いに盛り上がりましたw
参加者のみなさんの満足度はわかりませんが、ご視聴ありがとうございました!^^
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【大阪府】大阪市立生涯学習センターの社会人大学「いちょうカレッジ」のプレ本科「大阪の魅力再発見コース」にて受講生募集中です!
なんでも応募の前から申し込みが殺到していたらしく^^; すでに定員23名に対して、倍以上の参加申し込みがきているそうです。8/9まで申し込み受付をしているので、おそらく最終的には100名を超えると思います。ありがたいことに毎年、超絶人気講座になってます。
今年はまたゲスト講師のラインナップが凄い!講談師・玉田玉秀斎さんに「ちんどん通信社」の林風見花さんと仮屋崎郁子さん!芸能こそ、大阪文化の華です。抽選でうかるかどうかわかりませんが、ぜひともお申込みしてください~!^^
あ。ぼくは「大阪の幻の巡礼」について語ります。大阪七墓巡り復活プロジェクト、堺七墓巡り復活プロジェクト、幻の大阪十二薬師霊場を巡るなどなど。これもオモロイでっせw
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母方の祖母は和歌山の某地方のええしのお嬢で。戦争中、同じく和歌山の某地方のええしのボンと急遽、結婚させられた。ええしのボンに赤紙が来てしまい、その地方では「嫁がいる男は生きて帰ってくる」という全く何のエビデンスもない信仰、願掛けのようなものがあり、それで祖母は生贄(?)となったらしい。
ところがええしのボンは哀しくも戦死。祖母は戦争未亡人となり、離縁されて、実家に戻った。恐ろしいことに「男が死んだのは嫁がよくなかった」と後ろ指さされたりもしたらしい。その地方は場所もわかっているが、いまだに僕は行ってない。正直、あまり行きたくない。まあ、しかし、僕のことだから、いつか行くだろうが。
祖母が地方で逼塞している時にやってきたのが祖父。堺大空襲で家が焼け出され、買い出しに和歌山まで来ていた。2人は駆け落ち同然で堺に戻り、所帯をもった。ところがええしのお嬢の祖母に堺の焼け跡生活は苦しかった。栄養失調もあったろう。女の子を2人産むが相次いで若くして亡くしてしまう。
祖父母が人生の哀しみのドン底にいるときに、たまたま近所にいる人が在家法華教団「霊友会」の人だった。祖父母の家を訪れて「あんた、先祖供養、墓参りしてるか?」というのが殺し文句。駆け落ち同然で堺にやってきた祖父母が実家の墓参りなど出来るはずがない。コロッとやられてしまい、教団に入って家に小さい仏壇を買い、朝夕と先祖供養のためと青経巻(霊友会のお経本)を読んだ。
するとポーンと生まれたのが僕の母で元気にすくすくと育つ。その後、男の子も2人産まれて、これまた元気にすくすく育つ。祖父母は霊友会にどっぷりハマって熱烈信者となった。
僕も幼い頃に覚えているが祖父なんかは霊友会の会合があると誰よりも早くに教会にきて最前列に陣取ってお題目は誰よりも大音声であった。全身これお題目という感じで圧倒される勢いがあった。
母は生まれた時から霊友会漬けで「あんたは霊友会の子や」といわれて育てられたので、これまた熱烈2世信者となる。それ以外の宗教的なものと出会いがなかったわけで、そうなるのも致し方ない。娘2人を亡くし、その後の娘だから余計、祖父母(とくに祖母)の母への祈り、願い、期待は大きかったろう。お姉ちゃん2人分の「いのち」を背負わされた。
3世の僕は母から霊友会漬けなのに、なぜか培養に失敗し(父は宗教的なことに無関心で全く霊友会活動をやっていなかった。これが僕に与えた影響は実は大きかった気がする)、まあ、しかし「死者と生者が出逢う死生観光家!」とかいって失われた幻の巡礼を歩いたりしているから、まあ、カルトではあるw
何がいいたいか?というと新宗教にハマる家にはハマる家なりの背景、環境、人生、物語があるということです。新宗教はもはや僕の血肉であるから。恨みとか怒りとかはない。ただ、僕の「問い」ではある。