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2008 年 10 月 27 日 のアーカイブ

地方メディアの時代

2008 年 10 月 27 日 Comments off

高野街道の本を作る仕事があって、堺市内の図書館で「高野街道」と名前がつく本や資料はかたっぱしから借りているんですが、それらを片手に街道を歩くと、あまりにも記述にマチガイが多いことに気づきました。

地方新聞や地域の郷土研究家の本はさすがに素晴らしい情報量なんですわ。事細かに調べております。若干、マニアックともいえますが(笑)逆に世間では名前が通ってる某巨大新聞の「高野街道をたずねて」なんてコラム記事がめちゃくちゃ取材がいい加減です。石碑の場所はまちがえてるし、地名はまちがえてるし、寺の開基の年号もまちがえてるし・・・あまりにもずさんな取材で驚きました。

そもそも地方には「地方新聞」というのがあって、ちゃんとしたメディアの地位を確立しています。たとえば愛知では中日新聞(275万部)、北海道では北海道新聞(121万部)、広島なら中國新聞(72万部)、神戸なら神戸新聞(56万部)、京都なら京都新聞(51万部)、新潟の新潟日報(50万部)、山陽の山陽新聞(48万部)などなど……東京にすら東京新聞(59万部)なんて地方新聞があります。

ところが大阪には、そういう「地方メディア」として影響力を持つ新聞が乏しいんです。「大阪日日新聞」(ぼくは愛読してますが!)という素晴らしい媒体はあるんですが、いかんせん発行部数は7750部ほど。良い新聞なのに、大阪府民は880万人もいるのに、1万部に満たないのは、忸怩たる思いがあります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%98%AA%E6%97%A5%E6%97%A5%E6%96%B0%E8%81%9E

なぜ大阪だけ、こんな状況になっているのか?というと、昔は大阪にもちゃんと地方新聞があったんですが、これがだんだんと巨大化して「朝日新聞」(元は大阪朝日新聞)や「毎日新聞」(大阪毎日新聞社が東京の日報社を買収して毎日新聞に)、「産経新聞」(夕刊大阪新聞社から「日本工業新聞」として創刊)になってしまったんですわ。大阪の地方新聞だったのに東京の四大新聞になってしまい、おかげで大阪に立脚した、大阪を代表する地方新聞というのがなくなってしまったわけです。

明治以降の中央集権国家構造が閉塞して「地方の時代」に突入しようと舵取りしつつあるときに、大阪の情報を誠実かつ良心的に発信する媒体が大阪には欠けているんです。これは地方都市・大阪として非常にリスキーな状況で、大阪の悲劇でもあります。実際に京都新聞なんか凄いですよ。京都のことを調べようと思ったら、ぼくはまず、とにかく京都新聞をリサーチします。四大新聞が束になっても適わないネットワークを持っていて、事細かな京都情報を掲載していますから。大阪にもそういう新聞を作る(育てる)必要性があります。とくに僕はライターでメディアに携わる人間ですから、「大阪メディアの空洞化」には多大な危機意識をもってます。

別段、新聞という媒体でなくてもいいと思いますが、地方メディア=大阪メディアの確立は急須でしょう。いつまでたっても大阪がYTT(吉本・タイガース・たこ焼き)といった一元的なイメージから逃れられないのも、このあたりに起因があると見てます。


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