難波一州の名奇!瑞光寺 「雪鯨橋」(くじら橋)



雪鯨橋をご存知でしょうか?大阪府大阪市東淀川区の瑞光寺境内の弘済池に架かる橋で、地元では「くじら橋」とも呼ばれています。

江戸中期の宝暦6年(1756)に瑞光寺4代目住職の潭住知忍が南紀太地浦(現・和歌山県太地町)に行脚したところ、捕鯨の不漁に困った村人から豊漁祈願を依頼されました。そこで住職が祈願をするとたちまち豊漁となり、後日、村人は黄金30両とクジラの骨18本を寄進。住職もクジラの供養のためにクジラの骨を使って橋を造ったことが、雪鯨橋の始まりといわれています。

長さは約6m、幅は約3mで、欄干がクジラの骨。何度か架け替えされていて、現在の橋は2006年に架け替えられた6代目。「クジラの骨で作られた」なんて橋は日本唯一はおろか世界でも唯一無二のものでしょう。江戸時代から浪華名所として有名となり「難波一州の名奇(めずらしきもの)」と呼ばれました。「浪速の名橋50選」に選定され、また「日本百名橋」の「番外」にも選定されてます。

クジラは古代には「イサナ」(鯨魚、鯨名、勇魚、不知魚、伊佐魚)と呼ばれ、『万葉集』にも登場してきます。

鯨魚取り 浜辺を清み うち靡き 生ふる玉藻に 朝なぎに 千重波寄せ 夕なぎに 五百重波寄す 辺つ波の いやしくしくに 月に異に 日に日に見とも 今のみに 飽き足らめやも 白波の い咲き廻れる 住吉の浜(万葉集931番)

やすみしし 我が大君の あり通ふ 難波の宮は 鯨魚取り 海片付きて 玉拾ふ 浜辺を清み 朝羽振る 波の音騒き 夕なぎに 楫の音聞こゆ 暁の 寝覚に聞けば 海石の 潮干の共 浦洲には 千鳥妻呼び 葦辺には 鶴が音響む 見る人の 語りにすれば 聞く人の 見まく欲りする 御食向ふ 味経の宮は 見れど飽かぬかも(万葉集1062番)


「住吉の浜」や「難波の宮」といった地名が出てきますが、古代には大阪湾(住吉津・難波津)にもクジラが押し寄せて、それを取った漁民(いさなとり)がいたということでしょう。「鯨一匹捕れば七浦潤う」とよばれたように、クジラを一匹とれば7つの村々の飢えが救われました。また漁民たちはクジラのことを「えびす」とも呼んでいました。クジラはもはや海の神そのものとして信仰の対象として崇めていたわけです。住吉大社の古文献によると住吉夏祭には毎年、必ずクジラが住吉浜に見にきて、それを漁民は住吉神の化身として崇め、さらに捕獲して有難く食べていたそうです。神様を食べるところが、いかにも大阪的ですな(笑)

また日本人はクジラの肉はもちろんのこと、舌(セセリ)、尾びれ(オバ)、肝臓(カラギモ)、肺(フクロワタ)、男根(タケリ)、睾丸(キンソウ)、女陰(ヒナ)といった部分まで徹底して食用(薬品用)に利用しました。さらに骨やヒゲは装飾具などに加工され、クジラの皮からは鯨油が採取され、それでも残った肉・骨・皮などは石臼で粉砕して「鯨肥」と呼ばれる海産肥料として使用されました。クジラ利用率100%。捨てるところなんて、なにひとつとしてありません。それほどクジラを大切に尊重したのが日本人でした。

捕鯨問題に関して素人、門外漢のぼくが何かいえることはありませんが、日本の捕鯨は決して自然や生物に対する冒涜行為、残虐行為などではなく、深い歴史と文化、信仰があるということは毅然と主張するべきやと思ってます。


2010年 5月 4日
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