龍馬と弥太郎

龍馬は「組織」を作りませんでした。海援隊は有志の集まりでしたが、組織的なものではなかったようです。組織はトップがいなくなっても存続するものをいいます。ところが海援隊は龍馬が暗殺されると、すぐに瓦解してしまいました。その事実から組織としては脆弱なものだったと推察できるわけです。そういう意味でいえば岩崎弥太郎のほうが組織人としては非常に優秀で、弥太郎は三菱を作りました。弥太郎が死んでも三菱は残り、やがて日本最大級の大財閥となりました。

ただ海援隊の「いろは丸」の沈没事故に対する龍馬の紀州藩への賠償請求などは見事なものでした。これはまさしく龍馬の交渉術の賜物。組織力はありませんが、こういう危機管理能力に長けた経営者の会社というのは、しぶとそうです。龍馬が仮に生き延びたとしたら、カリスマ的な名物社長、ワンマンオーナーとして名を馳せ、しかし組織としては個人商店規模の会社の創業者として生涯を終えたのでは?と推測してます。


2010年 9月 9日
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