大阪・北新地の料亭を訪れたゲバラ(三好徹『チェ・ゲバラ伝』)



三好徹『チェ・ゲバラ伝』。古本屋で何気なく買いました。キューバ革命の英雄チェ・ゲバラが来日していたことは知っていたのですが、じつは大阪・北新地の料亭に飲みに来ていた・・・という衝撃の事実を、この本で知りました(笑)

1959年(昭和34年)の正月にキューバ革命を成功させた当時31歳のチェ・ゲバラは、さっそくキューバ親善使節団の団長として外遊に出て、キューバ砂糖の売り込みで来日しました。キューバにとって砂糖の売り上げは国家財政運営の要。ところが革命後、キューバは最大の砂糖輸出国だったアメリカと対立するので、その代替として、急激に経済成長を遂げようとしていた日本との交渉に乗り出したわけです。東京・霞ヶ関のあとは、大阪に立ち寄って財界と交渉し、そこで接待を受けて北新地のとある料亭(店名までは記載されてませんでした。どこでしょうかね・・・?)でゲイシャガールを見たとか。同行のフェルナンデス大尉の回想では

自分たちが見たゲイシャは、非常にモラルがあり、かつ格式があるように見えた。アメリカ人がいったこととは、まったく別な感じをうけた。チェも同じ想いをもったとみえ、そのあとで私にこういった。『見たかね。アメリカ人たちがいった説明とわれわれが見たのとは、ぜんぜん違うじゃないか』 じじつ、そのとおりだった。パレ・ナシオナールで見るような踊りだったし、非常に美しかった。ただ長い時間タタミに座らされたことだけは、とてもつらかった

とあります。「アメリカ人がいったこと」というのは日本滞在中のホテルで偶然、出会ったスペイン系アメリカ人から「ゲイシャガールは売春婦である」というようなムチャクチャな説明を受けていたことに起因します。ちなみに酒嫌いで有名なゲバラですが、この日だけは(生涯最初で最後の)日本酒を口にしたそうです。さすがのゲバラも、北新地のゲイシャ体験に感銘を受けたのかも知れません(笑)

大阪ではこのほかにも久保田鉄工の堺工場での見学(耕作機、農業機械などに興味を示したとか)や、大阪コクサイホテル(現在のシティプラザ大阪)での大阪商工会議所主催の歓迎パーティーなどにも出席したようです。日本滞在中のゲバラは革命戦士らしく、常に野戦服(軍服)だったそうで、町中を歩いていると、時には人だかりの山が出来たとか。その後、ゲバラは広島に向かい、原爆資料館を見学して「きみたち日本人は、アメリカにこれほど残虐な目にあわされて、腹が立たないのか?」と語った・・・という有名なエピソードになります。

個人的に大阪滞在の話が興を覚えたのでご紹介しましたが、それだけに留まらず、チェ・ゲバラの劇的な生涯を、詳細に、丁寧に、リサーチしてます。良い本です。オススメ。


2011年 1月 10日
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