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2011 年 11 月 4 日 のアーカイブ

天下茶屋

2011 年 11 月 4 日 Comments off

天下茶屋は秀吉と利休が出会って、よく天下国家を論じたという茶屋です。紀州街道沿いにあります。和歌山まで通じているから現在は紀州街道と呼ばれますが、もとは住吉街道(住吉大社)であり、また堺街道(堺に通じている)でもありました。

面白いのが大坂城と堺旧市のちょうど中間地点に、「天下茶屋」が位置しているということ。同時刻に大坂城を出発した秀吉と、堺を出発した利休が歩いていくと、ちょうど、この真ん中の天下茶屋で出会うんですな。

秀吉は天下を征した武家政権の代表であり、利休は南蛮貿易を牛耳って、鉄砲を大量生産する自由自治都市・堺(商家政権)の代表。秀吉はおいそれと利休を大坂城に呼びつけるなんてことはできなかったし、利休も天下人となった太閤秀吉の命令を無下に断れる立場ではなかった。両者のプライド、駆け引きの折衷が、大坂と堺の中間地点の天下茶屋という場やったんですな。

大坂と堺という都市の中間。こういう場はなかなか珍しい。ぼくは大阪人であり、堺人でもありますから、もうちょっと、天下茶屋をクローズアップしたいなぁ、と昔から考えてます。例えば、天下茶屋で大茶会を開くとか。いずれ、企画しますww


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もっと都市に「生の飛躍」を。élan vital!

2011 年 11 月 4 日 Comments off

日本の都市をつまらない、くだらないものにしている要因のひとつが、都市を機能別に、効率よく、ゾーニングしようとする考え方です。それは平面的、二次元的、限定的な思考で、ヘーゲルの目的論的世界観に毒された構成です。人間の精神は、もっと自由奔放、大らか、テキトー、矛盾相克であって、都市にも「創造的進化」が必要なんです。「カオス」「遊び」「アート」「余白」「トマソン」といった要素が都市には不可欠なんですわ。

要するに都市とは、われわれと同じように、生成流転していくものということです。生まれ、成長し、衰え、滅び、また生まれる。完全完璧な都市など、この世にはなく、常に都市は未完成であり、輪廻のように、その有様を変容させていく。固定化しようとしてしまった段階で、その都市は都市ではありません。それは巨大なコンクリートの塊、空虚な墓石に過ぎない。都市に必要なのは、やわらかさ、かろやかさ、しなやかさ。つまり、多様性。

だから、ぼくが考える理想のまち歩きとは、都市を空間的(言い換えると「もの的」)な場として捉えるのではなく、ベリクソンが提唱する時間的(純粋持続)な場として捉えようという試みです。だから、まち歩きは「探訪」ではなく、「逍遥」なんです。そうすることで、そこに「創造的進化」が生まれてくる。

もっと都市に「生の飛躍」を。élan vital!


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自動車を打倒せよ!

2011 年 11 月 4 日 Comments off

拍手喝采!

「ヴェニスで時を過ごしたことがある人なら、自動車のない都市の静けさがどれほど心の安らぎをもたらすかを知っている。耳に聞こえてくるのは、人々の足音だけなのだ。反動主義者と呼ばれる危険を冒してでも、私は叫びたい。「自動車を打倒せよ!」と。」

ドナルド・キーン『私と20世紀のクロニクル』より
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