限界集落

大都市の中のコミュニティは、戦後半世紀を経て完全に定着し、古ぼけたものになってきていて、そこでなにか新しい人間(よそもん、わかもん、ばかもん)がアクションを起こそうとしても、「一体なにをしてるんや?やめてくれ」というような冷たい拒否反応が返ってくる。

逆に衰退しきった村落コミュニティ・・・極端な例をいえば限界集落まで追い込まれているコミュニティなどに、わかもん、よそもん、ばかもんがやってくると、「どうせなにをやっても状況は変わらないし、まぁ、やってみましょうか」と意外に柔軟で弾力性のある反応が返ってきたりする。

本来、都市コミュニティというのは村落コミュニティから外れた流れ者(戦後日本でいえば、長男だけは先祖代々の家を継いで、家にいられなくなった次男、三男、四男、五男などは、夜行列車に乗って10時間かけて、集団就職で東京や大阪にやってきた時代というのがありました。彼らは要するに村落コミュニティを追われた流れ者たちです)がやってくるところでしたが、そちらが硬直化(田舎っぽくなっている)していき、逆に田舎であるはずの村落コミュニティが、流れ者を受け入れるベクトルに向かって、要するに都市的な許容性を有している。

硬直化した都市に未来はないです。むしろ限界集落の中にこそ、新しいコミュニティ形成の可能性がある・・・という話。


2012年 8月 5日
タグ:
コメントは終了しています。