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2014 年 9 月 20 日 のアーカイブ

「原恩」の思想

2014 年 9 月 20 日 Comments off

イスラム教徒は礼拝の時間がきたら会社だろうが店だろうが雑踏だろうが、どこでも礼拝を始めるわけで、あの宗教的エトス(姿勢)には感動すら覚えます。もちろん「祈祷室」(これ、礼拝室の方が正しい気がするんですが・・・?)を作ることもええんですが、日本人のイスラム理解のためには、まちなかでイスラム教徒の宗教的エトスを見せることも効果的なことちゃうか?という気はします。

ただ、「日本人に宗教的エトスがないか?」というとじつは豊富にあるわけで。われわれは両手をあわせて「いただきます」といって食事を始めますが、一体、誰に向かって発言しているのか?・・・これは「最近どうですか?」「おかげさまです」の「おかげさま」ってのと同じで、「目に見えない存在」(それは影のような存在であり、だから御蔭様)への感謝の念が「いただきます」やら「おかげさま」という言葉の中には含有されている。

キリスト教には「原罪」の思想がありますが、日本人には「原恩」の思想があるとは社会学者の見田宗介氏の説。ところが日本人の宗教的エトス(原恩)は、あまりにも、日常の中に溶け込んでいるので(「七草粥」も「節分」も「雛祭」も完全に単なる日常生活のイベント?のようだと思われていますが、れっきとした宗教的エトス=「原恩」です)わかりにくくなっている。平気で「無宗教」といってしまうような無自覚的な宗教的エトスが、日本人の特徴であり、ある意味、凄さでもあります。聖地メッカ巡礼は500万人ですが、日本人の元旦の寺社仏閣への初詣は9000万人です。

イスラム教徒の「表に出す宗教的エトス」と触れ合うことで、日本人の「裏に隠れてしまっている宗教的エトス」が意識化されたらええなぁと思いますな。


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