トルク東大阪。古地図を用いてお地蔵さんを探してみよう!というプロジェクト。
旧村、集落の入口、出口、街道のクロッシング、二叉路、三叉路などには大体、お地蔵さんがいるので、古地図で旧村、集落、街道がわかれば、お地蔵さんも発見できる。それを六体発見して「マイ六地蔵」を探してみるw
新しい住宅地、戦後の開発では、お地蔵さんが勧請されない。お地蔵さんがいないということは地蔵盆もない。先祖も帰ってこない。死者がいない。祖霊がいない。
地蔵盆はこどもたちに「ご先祖さんが帰ってくるんやで」「いつも先祖さんが見てくれてるんやで」と教える死生観教育の場であると思うのだが、そういう自分という存在の中に流れる「イノチの連続性」が確認できない。
人間は結局、環境の生物だから。「今だけ。金だけ。自分だけ」という考え方は、お地蔵さんがいないような生活環境などが影響するかもしれない。
自分よりも大きい存在。形而上の、超自然的な、超越的なもの。そこへの「祈り」や「願い」の場があること。結構、そういうことは人間の成長に大事なことだと思う。
大阪日日新聞が7月末で休刊に。昔はコラムも書きましたし、大阪あそ歩やまわしよみ新聞も何度も取材されて記事にしてくれました。ありがとうございました。
新聞消滅時代。新聞ジャーナリズムの低下、崩壊によって何が起こるか?といえば議会政治の劣化と専横。どんな議員がいて、どんな議案が話し合われているのか?それを伝える人がいない。権力の監視が及ばないから民主主義が機能不全に陥り、死んでしまう。
ネットメディアは成長、拡大していますが、しかし残念ながら権力を監視するという、そういうジャーナリズムの本道、社会の公器たらんとする大義で動く人は少ない。それにお金を出す組織もなかなか見当たらない。
ネットメディアは新しいようで「動画再生回数(広告CMの視聴者数)がお金になる」という実に古い収益構造モデルだから、ゴシップ的なYouTuberが跳梁跋扈して、どうでもいいコンテンツを大量生産し、悪貨が良貨を駆逐するが如くの現状となっている。
こういうのは「不快感を覚える」といったボタンがないものか。動画再生回数ではなくて、その動画を見た人の評価(「いいねの数」と「不快感の数」で相殺する)で収益を換算するようにしないと、いつまで経っても良質なネットメディアは育たない。迷惑系YouTuberなどは、これは結局のところ、YouTubeの管理の不手際、責任問題であろう。
大阪の話に戻す。大阪の地方政治(維新政治)が異常なのは、大阪の地方新聞の権力監視が脆弱であることが大いに影響している。大阪日日新聞は過去に経営難に陥り、結果、鳥取県の新日本海新聞社が親会社になりましたが、しかし発行部数は1万部もいかないという哀しい現実がありました。
大阪は新聞のジャーナリズムがないのに、しかし準キー局という日本でも特異な位置の在阪テレビがある。在阪テレビ(準キー局)はキー局(東京)ほどの権力はないが、かといって地方局ほど弱い存在でもない。
大阪にいるとよくわかりますが、大阪出身で東京に一瞬だけ進出したけど定着せずに帰ってきた芸能人や、東京では人気が低迷したタレントなどが大阪の番組で活躍する…というパターンが非常に多い。大阪の準キー局は、そういう受け皿的なポジションにあり、結果として、どこか東京に対してルサンチマン的な雰囲気がある。そういう番組を大阪のおばちゃん、おじちゃん、高齢者がよくみていて、自然と洗脳されて、アンチ東京を昂進させる。
新聞は文字(ラング)のメディアであるから、それなりにロジカルで論理的なメディアですが、テレビは言葉(パロール)のメディアで、情感的、情緒的、感情的で非論理的な特性を持っている。テレビの中では声が大きいものが場を制します。
どれだけいっていることが非論理的で、破綻していようと構わない。相手の言葉を遮り、煙に巻き、重箱の隅を突き、針大棒小でもいいから極論をいって場を支配すれば、視聴者はそういうものかと思い込んでしまう。そういう詭弁的テクニックでテレビメディアを制したのが橋下氏でしょう。橋下氏が悪いのではなくて、テレビというのは、そういうメディアだということです。煽情型メディア。劇場型メディア。
地方新聞が弱いのに地方テレビが強いというのは非常に歪なメディア環境で、これが大阪の維新政治の躍進にも繋がっている。この特異なメディア状況がわからないと、大阪の政治状況がよくわからない。
大阪日日新聞の休刊で大阪の地方新聞は本当にもう消滅してしまう。新聞が強い地方は、地元の議会・議員にも見られているという緊張感があり、地方の政治を糺す作用が働いている。それがなくなってしまった大阪は、ますますおかしなことになっていくだろうが、歯止めがない。つらいことです。
ちなみに大阪あそ歩プロデューサー時代に大阪日日新聞のK記者さん(この人は大阪日日新聞の良心だといまだに尊敬しております)に取材され、その発行部数を聞いたときに「8000部です」といわれて、その余りの少なさに衝撃を覚え、それが僕に「大阪に地方新聞を作らないといけない!」という高邁なる志(?)を抱かせたキッカケでした。
その高邁なる志(?)が結実したのが、じつは、まわしよみ新聞であります。新聞社を作ったり、新聞記者になったり、新聞を発行することは資本がない僕にはできないが、新聞の読者は、新聞を自由に語り、切り取り、再編集することができる。だから、どんな新聞でもいいから新聞を購入し、読み、政治や経済、社会の出来事を話し合う場を作れば、こういう形でも権力の監視が成せるのでは?…と考えたわけです。17世紀イギリスのコーヒーハウスのような、町衆のメディアを作ろうと考えた。
なぜ大阪から、まわしよみ新聞がでてきたのか?生まれてきたのか?は、地方新聞の消滅という危機意識からだったということです。何が物事を動かすか、生み出すか、わからしまへんな。
京都府宇治市。ウトロ。名物の七輪焼肉。
ウトロ平和祈念館前は七輪焼肉ができるように広いスペースが作られた。コミュニティの要は食。食を囲むと、それだけで、仲間意識のようなものが芽生えてくる。
大阪にも同じような知恵があり、それが「たこ焼き」や「お好み焼き」だったりする。
僕は堺の団地住まいであったが、時々、団地のおばちゃんたちがたこ焼き器でたこ焼きの会を開いてくれた。団地のこどもたちが集まって、わいわいと楽しむ。たこ焼きやお好み焼きの味というより雰囲気や人が大勢いたりする、その場が楽しい。空気感が嬉しい。そういう人と人を結びつける接着剤の食べ物がたこ焼きであり、お好み焼きであった。
本来のたこ焼き、お好み焼きというのは、ウトロの七輪焼肉のようにコミュニティの要であって、みんなが一緒になって作って、みんなと一緒に食べるもんであって、出店で金出して出来合いのもんを買うんやおまへん。
それを大阪名物といって「大阪いったらたこ焼き食べな!」「お好み焼き食べなあかん!」とメディアが煽り、何も知らない大衆が洗脳されたことで、奇妙な食べ物になってしまったのが、たこ焼き、お好み焼きの哀しき運命。いまや一皿1000円とか値段も高騰しすぎて、断言しますが、大阪の人はあんなもん食べまへん。
大阪きてお土産買うんなら、たこ焼きやのうて「たこ焼き器」をこうて帰りなはれ(あと大阪の地ソース。これが味の決め手!!!)。それで地元で、みんなで、たこ焼きを作って食べるがよろしい。それが大阪の町衆のエネルギーの源泉であったことがよくわかります。タコパしなはれ。
名古屋の浄土真宗本願寺派の西念寺の岡林俊樹住職からメッセージが来て東京・佃島の見所をいくつかピックアップしたら巡ってくれました。いろいろと懐かしい。
江戸の佃島は大阪の佃(と大和田)の漁民が家康に請われて江戸に移住して作られたという。最先端の漁業技術をもっていた佃・大和田の漁民たちは江戸湾の漁業権を掌握して繁栄したとか。「佃煮」の佃島ですなw
また江戸時代の佃島の漁民たちは皆、本願寺の門徒衆であったそうで、だから築地本願寺が出来る際には土地の埋め立て工事などに尽力した。築地本願寺は佃島漁民の信仰に支えられて発展したという歴史がある。※だから築地本願寺の境内に佃島初代名主の佃忠兵衞報恩塔があったりする。
それで以下は僕の推論だが、江戸・佃島漁民のルーツとなった大阪の佃・大和田の漁民たちも、おそらくは本願寺門徒であったろうということ。そして彼らは実は信長の石山合戦の残党ではないかと思う。石山(現在の大阪城界隈)を追われて、近くの大阪湾岸の佃・大和田に集住した。
だから基本的に佃・大和田の漁民たちは反信長・反豊臣政権(秀吉は信長の継承者であるから)で、それで家康の江戸入府のさいに、わざわざ江戸に移って江戸開発を助けたのではないだろうか?
また石山合戦で敗北して佃・大和田に落ちぶれたが、そもそも佃・大和田にも先住の漁民がいたことだろう。後からやってきた本願寺門徒の残党はいまいち所在が落ち着かなかったのかもしれない。それで新天地を求めて江戸・佃島開発に乗り出した可能性もある。何かしらの事情がなければ、わざわざ大坂から遠く江戸まで赴くだろうか?
以上はあくまで推論であるが、大坂本願寺と築地本願寺は佃・大和田漁民によって繋がるのでは?と僕はなんとなく直観している。全然、ちゃうかも知れんけどw
以下は岡林住職の記事のシェアm(_ _)m
驚いたのは佃島の門徒は渡邉さんというらしい。おそらくは渡辺党(渡邉、渡邊、渡部)の末裔ということだろう。摂津一宮・坐摩さんのご神官一族に繋がる大阪の名族中の名族である。
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東京に行って、築地本願寺から佃島までまち歩きしてきました。観光家の陸奥 賢さんに見どころを教えてもらったので充実した旅行でした。徳川家康に気に入られて大阪の大和田・佃から東京の佃島に移住して、江戸の漁業・文化の発展に多大な貢献をした人々と本願寺との関係を体感するためのまち歩きでした。浅草で焼失した江戸の本願寺は、現在の築地に再建されるのですが、もともと海だったところを埋め立てるという大事業だったそうです。佃島の人はその事業に多大な貢献をして、本願寺を支え続けてきました。月島にある佃島の説教所を建て替えた築地本願寺佃島分院にも参拝してきました。それを調べていると説教所を支えてきた門徒講の渡邉信夫さんの動画を発見しました。大阪の渡邉一族から雑賀孫一、村上水軍の掛け声のある盆踊りなど歴史・伝統の豊かさと、きっぷのいい江戸っ子気質の深さとたくましさを感じました。大阪と江戸と本願寺の接点について、深い学びを得ました。単に信仰ということでは理解できない、自然と寺院・神社と共同体の構造を垣間見させていただきました。佃の人々に自然やいのちと真摯に向き合い、神仏を中心に絆を深め、濃密でいながら、あっさりと財産を共同体に提供するような、しなやかな生き方、その深みを感じるとともに、そういった精神を汲みだしてきた、真宗の教えを深く探究していこうと思います。東京をより身近に感じつつ帰路に着きました。これで寿司の味わいも変わります。ありがとうございました。称名
【日本NIE学会】デジタル版の機関誌『NIEフォーラム』が創刊され、その記念すべき第1号にまわしよみ新聞の実践が紹介されています。
『生徒―新聞―生徒のつながりから知の幅を広げるNIE実践』(“NIE” Practice ~Broaden Students’ Knowledge through the Link between Students and Newspapers~)という広島国際学院中学校・高等学校の為重慎一氏の論文です。
詳細は以下リンクからPDFのダウンロードができます。ご興味ある方はぜひともご覧ください!m(_ _)m
https://jssnie.jp/files/FORUM/No.1.pdf
堺・檜尾のだんじりが入魂式のやり回しで体勢を崩し、事故を起こしたとか。知り合いがいる。だんじり狂な人であった。大丈夫だろうか…。無事を祈ります。
堺はかつては上だんじりが主流だった。堺型という。これは駆け抜ける、走り抜けるだんじり。坂を上ったり下ったりする。
しかし戦後、NHKが「日本の祭」をテーマにした番組を作り、その中で岸和田だんじり祭を取り上げ、これが大ヒットしたらしい。いま日本の祭というと「ねぷた」や「祇園山笠」や「阿波踊り」などが有名だが、これはじつはそのNHK番組の影響、テレビ効果だったりする。
恐ろしいのはテレビ番組がキッカケで、だんじりというと岸和田型のように「やり回し」をするもの…というイメージがついてしまったこと。その悪しき影響で岸和田以外の集落が「うちもやり回しがやりたい」といって上だんじり(堺型)から下だんじり(岸和田型)に切り替えていった。これがやはり危ない。
危ない理由のひとつとして土地の凸凹がある。岸和田は浜(岸ですから)で基本的にフラット、道が平坦です。だからやり回しができる。やり回しという独特のだんじり文化が生まれた。
しかし、そうでない山手の集落まで下だんじりになって、やり回しをしたりする。平坦でない道、歪んだ場所でやり回しをする。ちょっとした道の凹凸で、小石で、だんじりがハネる。超危険です。そりゃ事故は多発する。昔、岸和田の旧市のだんじりの人に話を聞いたが「あんなん(山手みたいなやり回し)はわしらでも怖くてやれない」と不安視、警告していた。
諸悪の根源はテレビである…というと話が簡単でわかりやすいが。いや、しかし山手でのやり回し(下だんじり)は考え直した方がいい。
何よりも、それは「伝統」ではない。土地にあっただんじり、土地にあった祭がありますから。今の泉州山手地域の下だんじりは、やはり、ちょっと考える時期に来ているのではないか?と個人的には思っています。
昔は堺の山手のだんじりの中には、岸和田だんじりのやり回しに憧れるあまりに、上だんじりやのに無理やり、やり回しをしたりしていた。笑い話であるが、ちょっと、どこか歪んでいるものを感じる。
堺、泉州地域のだんじりの歴史を調べたら、わかります。昔は上だんじり(堺型)だったはずなのに、戦後に、昭和に、平成になって、歴史ある上だんじりを売却して(涙)、下だんじり(岸和田型)を中古で買ったり、新調したところ。そういう集落の「やり回し」の歴史は浅い。伝統でもない。
そういう集落が事故を多発する。それで、だんじりは危険とか、死ぬとか、そういう悪しきイメージの増幅で、まつりそのものがやれなくなりはせんか?それを僕は大いに危惧します。
堺のだんじりは堺のだんじり祭をやったほうがいい。ちゃんと足元の、地元の伝統、歴史を見つめよう。継承しよう。大事にしよう。
※画像は岸和田・旧市街地・中北のだんじりの昇魂式のさいのヘルプ。撮影係w 撮影係だが全力疾走。昇魂式はまた他にだんじりおらんから止まらない。走りまくって死ぬかと思った…。また中北はエア足袋禁止(当時は。今は知りませんが)とかで…。いや、根性入りすぎです…。
【和泉そぞろ】いずみ市民大学の受講生とSEIN(宝楽さん、湯川さん)のみなさんと一緒に作成するまち歩きマップ「和泉そぞろ」の令和4年(昨年度)が公開されました!^^ 「黒鳥」「鶴山」「仏並」という渋すぎるコースです。いやぁ、凄いw
「和泉そぞろ」は和泉市民の、和泉市民による、和泉市民のためのまち歩きマップで、まずは「わがまちを知ろう」「わがまちを歩こう」というコミュニティ・ツーリズムの発想で作成されています。外から人を呼ぶ前に、まずは自分のまちをちゃんと知らんと…というわけです。だから、もう、なんというか、通好みなマップになります。でもイラストがかわいいし、素晴らしいので、一見、そうとは思えない(そこが味ですw)
3年間の取り組みで9マップになりました。今年もまた3マップ増える予定です。正直、マニアックすぎますがw 乞うご期待ください!
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■いずみ市民大学まちづくり学部令和4年度受講生による、まち歩きマップ『和泉そぞろ』が完成しました!
https://onl.bz/gXLNtfS
[生活者起点で作る まち歩きマップ]
いずみ市民大学まちづくり学部令和4年度受講生が、和泉市のまちを歩き、楽しみながら、遊びながら、まちの人に話を聞きながら和泉市の魅力を伝える「まちのエディター」をめざして、まち歩きの専門家と一緒にオリジナルまち歩きマップ『和泉そぞろ』を作成しました。
■和泉そぞろ『和泉そぞろ 黒鳥山から和泉を眺めてみれば』
https://satomachi-izumi.com/wp-content/uploads/c386289067525b9a3a8f4d1a23ffc93e.pdf
■和泉そぞろ『和泉そぞろ 鶴の山・信太の森から「日知り」」の聖地へ!』
https://satomachi-izumi.com/wp-content/uploads/9a7152244eea23cb2c1552df76b56af5.pdf
■和泉そぞろ『和泉そぞろ 和泉市でも最古級の歴史を有する仏並を歩く!』
https://satomachi-izumi.com/wp-content/uploads/4f17a75fb6c6edaa5d1e42ad3f220909.pdf
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以下は令和3年、令和2年に作成のマップです。
■和泉そぞろ『日本最大級の弥生遺跡!池上曽根を訪ねて』
https://satomachi-izumi.com/wp-content/uploads/8ce63011bea1621fd7feb9449779e227-1.pdf
■和泉そぞろ『説経節「小栗判官」の舞台!小栗街道を行く』
https://satomachi-izumi.com/wp-content/uploads/61311b79f92dc26affe939dc6e2e5e8a-1.pdf
■和泉そぞろ『光明皇后出生伝説の地!光明池周辺を探る』
https://satomachi-izumi.com/wp-content/uploads/5f790a144d3b4676d08c7b80640d7c25-1.pdf
■和泉そぞろ『和泉に眠る幻の武家屋敷「伯太藩陣屋跡」を訪ねて』
https://satomachi-izumi.com/wp-content/uploads/e0a5ebe51d85ede971ad3fe346fa03f9.pdf
■和泉そぞろ『和泉府中を彩る伝説の女傑たち』
https://satomachi-izumi.com/wp-content/uploads/e72a2997f9d9dedb4d1f1d4a17f14e09.pdf
■和泉そぞろ『和泉の文化芸術の殿堂!久保惣記念美術館へ』
https://satomachi-izumi.com/wp-content/uploads/8b6026f4a2357ee5149d7a36c3bc5f10.pdf
【文部科学省】第五次「子どもの読書活動の推進に関する基本的な計画」について。まわしよみ新聞について言及している部分を抜粋。
「閣議決定」で決まったらしいです。いま話題のw
https://www.mext.go.jp/content/20230327mxt-chisui01-100316_01.pdf
https://www.mext.go.jp/content/20230327mxt-chisui01-100316_02.pdf
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■文部科学省:第五次「子どもの読書活動の推進に関する基本的な計画」について
https://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/nc/mext_00072.html
4文科教第1858号
令和 5年 3月28日
各国公私立大学長
各国公私立高等専門学校長
国立教育政策研究所長
各都道府県教育委員会教育長
各都道府県知事
各指定都市教育委員会教育長
各指定都市長
小中高等学校を設置する学校設置会社を
所轄する構造改革特別区域法第12条第1項の
認定を受けた各地方公共団体の長
独立行政法人国立青少年教育振興機構理事長
独立行政法人国立女性教育会館理事長
独立行政法人国立高等専門学校機構理事長
独立行政法人国立特別支援教育総合研究所理事長
独立行政法人教職員支援機構理事長
殿
文部科学省総合教育政策局長
藤江陽子
第五次「子どもの読書活動の推進に関する基本的な計画」について(通知)
この度、子どもの読書活動の推進に関する法律(平成13年法律第154号。以下「法律」という。)に基づき、別添のとおり、第五次「子どもの読書活動の推進に関する基本的な計画」(以下「本計画」という。)を閣議決定しました(本年3月28日)。
これは、政府がおおむね5年ごとに策定するもので、子どもの読書活動の推進に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るための基本的方針を示すものです。
ついては、貴職におかれましても、特に下記の点に留意して、各種施策のより一層の充実を図られるようお願いいたします。また、このことについて、域内の市(指定都市を含む。)町村教育委員会、市(指定都市を含む。)町村長、所管又は所轄の学校(認定こども園を含む。)・図書館その他の教育機関及び学校法人、関係団体等に対しても、本計画の趣旨・内容等について御周知いただくようお願いいたします。
記
1.不読率の低減
子どもの読書活動の意義を踏まえれば、全ての子どもたちが本に接するための環境整備及び取組の実施が重要です。不読率の改善に向けて、学校図書館に関するオリエンテーション等の学校種間の移行段階に着目した取組や、乳幼児期からの読み聞かせの推進をお願いいたします。
特に高校生の不読率の低減については、乳幼児期から中学生までの切れ目ない読書習慣の形成を促すとともに、探究的な学習活動での学校図書館等の利活用など、主体的に読書に興味・関心を持てるような取組の推進を図るようお願いいたします。
2.多様な子どもたちの読書機会の確保
障害のある子どもや日本語指導を必要とする子どもなど、多様な子どもたちに対応した取組を行うことが重要です。「視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する基本的な計画(読書バリアフリー基本計画)」等を踏まえ、多様な子どもたちが利用しやすい書籍及び電子書籍の整備・提供や、多言語対応等、学校図書館、図書館等の読書環境の充実に努めていただくと共に、積極的な取組を進めていただくようお願いいたします。
3.デジタル社会に対応した読書環境の整備
デジタル社会に対応した読書環境の整備を進める際に当たっては、GIGAスクール構想等の進展やデジタル田園都市国家構想を踏まえ、学校図書館や図書館のDX(デジタルトランスフォーメーション)を進めることが重要です。その際、学校図書館と図書館が連携することや、個々の発達段階や状況等に応じて、紙媒体や電子媒体等を柔軟に選択すること等、積極的な取組をお願いいたします。
4.子どもの視点に立った読書活動の推進
子どもの最善の利益を実現する観点から、子どもの意見を年齢や発達段階に応じて適切に政策に反映させていくことが求められています。そのため、子どもの読書活動の推進に当たっても、子どもが主体的に読書活動を行えるよう、アンケート等、様々な方法で、子どもの視点に立った読書活動の推進を行うようお願いいたします。
以上の基本的方針にそった取組を着実に実施するため、都道府県及び市町村においては、子どもの読書活動の推進が家庭、地域、学校等を通じた社会全体で取り組まれるよう、必要な環境及び体制を整備するとともに、法律第9条に基づく子どもの読書活動の推進に関する施策についての計画の策定を進めていただくようお願いいたします。
特に、都道府県におかれましては、町村における図書館の設置や計画の策定が十分に進んでいない状況がある場合には、未設置・未策定の市町村に対し、必要な支援、助言等を行っていただくようお願いいたします。
また、子どもの読書活動の推進に当たり、都道府県及び市町村において、福祉部局等との連携や、学校、図書館、地域の民間団体、民間企業といった関係者との連携、協力に努め、横断的な取組を行い、地域に根ざした子どものための読書環境の醸成に取り組む体制を整備していただくようお願いいたします。
さらに、学校図書館については、令和4年度から令和8年度までを期間とする第6次「学校図書館図書整備等5か年計画」の策定に伴う地方財政措置の予算化等を通じ、計画的に整備を進めていただき、学校図書館図書標準の達成及び計画的な図書の更新、学校図書館への新聞の複数紙配備及び司書教諭・学校司書の配置等を推進し、学校図書館の整備充実に努めていただくようお願いいたします。
なお、国としても、本計画に沿った取組の効果などを検証し、政策に反映するよう努めてまいりますので、実態把握を行う際には御協力をお願いいたします。
大阪の戦争遺跡。生玉公園地下壕。いまはコンクリで固められたが、平成半ばまで路上生活者、ホームレスの方がよく地下壕を出入りしていた。昔は生玉公園のあちらこちらにダンボールハウスがあって、僕もよう覚えてます。
しかし上町台地、下寺町のあいだの「坂道」「崖地」というのは基本的に、そういう路上生活者やホームレスが佇む場であったらしい。
坂道や崖地は人が立ち止まったりしない。佇む場所ではない。そのまま上へ下へと通り過ぎていく。そういう場所だから、そこに寝そべっていても、ちょっと一瞥はされるが、それぐらいで人は去っていく。
戦後、源聖寺坂などには老女が住み着いていて「源聖寺坂のネコババア」といわれて有名であったらしい。いつのまにか忽然といなくなったとか。
上町台地の天王寺七坂は、じつはそういう漂泊の都市流民のエアポケットであったろうと思う。
紐解けば堺。西高野街道ウォーキング。福田。やまつ辻田さん。
14年ぶりのやまつ辻田さん。絶品の七味。無双です。脱帽しました。超美味。手品みたいや。香辛料は魔法。