関東大震災が生んだ「大大阪」と「国家総動員法」

大正12年の関東大震災のあと、大阪が東京を抜いて日本最大の都市になりました。俗に言う「大大阪」の時代(大正14年~昭和6年)。

その後、世界恐慌にも見舞われ、復興に焦った東京政府は、国家統制を強めようと昭和13年に国家総動員法を発令。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E5%AE%B6%E7%B7%8F%E5%8B%95%E5%93%A1%E6%B3%95

あらゆる資源、物資、経済を東京に強制的に集めるという法律で、経済都市・大阪を破壊して、首都機能を肥大化。あまりにも強力的な国家統制は歯止めが利かず、なし崩し的に戦争に突入して、結局、日本全土をボロボロにしました。

関東大震災後、本当は権力を集中するのではなく、地方に分散してリスクを回避するという知恵が必要でした。しかし官僚機構はまったく逆のことをやってしまった。

今回の地震で、また愚かしい国家統制の時代に突入しない事を、ぼくは心の底から懸念しています。1度目は悲劇ですが、2度目は喜劇。もしくは道化ですから・・・。


2011年 3月 20日
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