女夫善哉

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道頓堀と法善寺を繋ぐ浮世小路にあった甘味処「夫婦善哉」は、かつては「女夫善哉」だったとか。夫婦と女夫。なにが違うか?といえば夫婦は夫婦。女夫の女は遊女や芸妓で、それが夫=妻子のいる男性と二人連れでいる。不倫か。訳ありか。背徳か。世を偲ぶ道ならぬ恋。それが女夫という言葉の中に暗示されている。しかし、それが善き哉。じつに粋な、オトナな甘味処でした。実際、織田作の「夫婦善哉」はタイトルは「夫婦善哉」ですが、主人公の蝶子と柳吉は、芸妓と妻子ある男で、それが駆け落ちする話。ちゃんと「女夫善哉」になってるからエライ。夫婦善哉やとそれは教育勅語ですわ。そんなもん文学になりしまへん。やっぱり女夫善哉でないと。可能性の文学。ロマンを発見した。お、お、お、織田作はもっと読まれな、あ、あ、あ、あきまへん。


2013年 9月 5日
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