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10代後半から20代前半の多感な時期の社会的騒乱は、一生の「問い」になる。

2021 年 1 月 15 日

10代後半から20代前半の多感な時期の社会的騒乱は、一生の「問い」になる。

僕にとってはやはり16歳(数えで17歳)のときの阪神淡路大震災で、それは今の実践…コモンズ・デザインのプロジェクトに有形無形に影響を与えていて、繋がっているといえる。

しかし震災当時は、問題の「種」がまかれた程度で、ちゃんと、その諸々の社会問題を自分の問題として、当事者として認識するのに、僕は16年後の…2011年の東日本大震災までかかってしまった。

おそらく問題が大きすぎると、そうなる。戦い方がわからない。問題と向き合うことすらできない。僕は震災(新長田にあった叔父の靴工場は全焼し、同級生の友人も亡くなった)をほぼ無視し、スルーし、16年の月日があって、東日本大震災という、より大きな問題に直面した時に、フラッシュバックという形で強烈な揺り戻しが発生した。

だから、こういっては何ですが、コロナ禍の若者には期待しております。彼ら彼女たちの置かれた状況、環境、問題は、非常に大きい。大きすぎる。重すぎる。必ずや一生の問いになる。

いまは大変でしょうが、しかし、それは、長い目でみれば、財産です。アクティブな社会実験者が現れることを期待しています。


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