57年ぶりの復活 堺・出島・住吉の幻の奇祭 「鯨まつり」
2011 年 7 月 25 日
昭和29年(1954)以来に住吉大社に鯨がやってきました。堺・住吉の幻の奇祭「鯨まつり」です。ほんとは鯨は堺の出島漁港から住吉街道を北上して住吉大社をお参りするのですが、道路使用に関して警察の許可が出ないということで2台のトラックで運ばれて住吉大社の境内で組み立てられました。写真はそのときの様子です。
『万葉集』にも堺・住吉浜の鯨(いさな。勇魚)の歌が登場しますが、1500年前から(おそらくはもっともっと古代から)大阪人は鯨を食べてきました。西洋人は鯨を取っても鯨油を取るぐらいで99パーセントを捨てたそうですが、日本人は肉や骨はモチロンのこと、ヒレ、ヒゲ、舌、胃、内臓、心臓、肝臓、はては睾丸、子宮まで使用(食べたり、加工品を作ったり、肥料にしたり)しました。鯨全体で捨てるところは3箇所しかなかったそうで、鯨の99パーセントを使い切ったとか。また「鯨一頭を仕留めると七浦(7つの漁村)潤う」といわれ、鯨はまさしく天恵でした。
日本人にとって鯨は単なる食べ物ではなく、信仰の対象=「鯨神」だったということです。鯨まつりは、そうした古代からの漁民の信仰を伝えるものです。自然への崇拝、自然の恩恵に感謝する思想と態度。こういう祭礼が堺・住吉で復活したことは、大阪の誇りや思いますよ。
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