「真理は女性である」

「真理は女性である」

「すべての哲学者は、彼らがドグマテイカー (教条主義者)であったかぎり、この女性をうまく理解できなかったのではないかという疑いも、もっともなことではなかろうか?これまで彼らが真理に近づく際にとった常套的なやりまえである恐るべき厳粛さ、無様な厚かましさは、女性というやつを手なずけるには実に拙劣な、不似合いなやりくちではなかったか?女性が手なずけられなどしなかったのは、きまりきったことだ」

以上2つはニーチェの名著『善悪の彼岸』から。「應典院コモンズフェスタ2014」企画の「数学の演奏会」に参加して思い出したのは、このニーチェの言葉でした。

ニーチェは西欧社会のアポロン的原理(男性性、光、理性、合理、抑制、計算性)の重視傾向(これが結局はニヒリズムを産む)を批判して、ディオニュソス的原理(女性性、闇、狂気、熱狂、悦惚、無節操)の復権を叫びました。数学もアポロン的原理を優先させながら、20世紀に入ってからはヒルベルトプログラムやアルゴリズムやチューリングマシンといった素晴らしい数学的偉業を生んでいるが、しかし、じつはいまだに数学は「1」という数字の数学的証明すら果たせていない。「1」は人間の身体の実感や直観から由来していて、仮に地球人とはまったく違う脳神経システムを持った宇宙人がやってきて「1とは一体なにかね?」と問われると、地球の数学者は答えに窮していまう。

「1」は実感や直観に由来している。だから天才的数学者・岡潔は「数学は情緒なり」の名言を生んだ。要するに数学の始原には人間の「情緒」があり、「生理」があり、ニーチェがいうところのディオニュソス的原理が必要不可欠・・・ということなんでしょう。

ぼくは祖父(松尾橋梁)、父(日本電機研究所)ともにエンジニアで、3代目はなぜか観光家をやってますが、じつは数学的思考が得意な一族だと思っていてww 「数学の演奏会」。森田さんはサブマシンガンのような早口のトークイベントで聞いていて大変でしたが、いろいろと勉強になって、面白かったです。

以下の画像は應典院コモンズフェスタのfacebookページより。

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2013年 12月 16日
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