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「おしゃべり自由!の図書館」があってもええんやないか?といまの図書館に行くたびに思いますな。

2016 年 9 月 16 日

「おしゃべり自由!の図書館」があってもええんやないか?といまの図書館に行くたびに思いますな。

ぼくがこどもの頃、図書館は、うるさかったです。夏はクーラー効いて涼しいから、ようさん「図書館(本)にあんまり用がない人」がきてた。おかんは社交してたし、こどもが走り回ってた。知的や精神や身体の障害者の方もようさんおりました。図書館はもっとカオスやった。本投げあってたし、破いてたし、舐めてる人とかいました。

「図書館はお静かに!」といいだして、それを徹底しはじめてから、図書館は、親子が排除され、障害者の方も排除され、楽しみや喜びや驚きが排除され、小難しい顔して、本を読む場所になりました。みんな無言で。これは個人的な感覚ですが、正直、あの威圧的な、権威的な空気感は、イヤですな。

静かに本を読みたい人は、本を借りて、家で読めばええと、ぼくなんかは思うんですな。多様なひとが集まると言うことは、雑多なひとが集まるということで、そりゃ当然、ノイジーな場所になるし、うるさいですわ。あと勉強するやつは、どれだけうるさくても勉強します。勉強せんやつは、どれだけ静かでも勉強せんw

「音読の図書館」でもええかも知れませんな。本は、声にだしてこそ、伝わる。わかる。黙読より音読のほうがええんです。「音読の図書館」。どっかやりまへんか?

図書館中に声が響き、交錯する。図書館で対話、会話、交流する。ノイジーやけど、だから、多様なひと、雑多なひとが集まる図書館になる。そこから多様な文化が産まれるんやないか?と思ってます。


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