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2017 年 1 月 17 日 のアーカイブ

「マップづくり、地図づくりこそが、まちづくり」

2017 年 1 月 17 日 Comments off

「マップづくり、地図づくりこそが、まちづくり」

…というのは大阪あそ歩プロデューサー時代に、日本のまち歩きプロデューサーのパイオニア・茶谷幸治プロデューサーから聞いた金言。「なるほど」と思って、ぼくは全力でマップづくり、地図づくりに勤しんだわけです。それで大阪あそ歩だけでスタンダードコース150コース、ショートコース150コースで、計300コースのまち歩きマップを作った。しかも、そのあいまに「関西あそ歩」とか「堺探検クラブ」とか「尼崎まち歩き・あますい」とかもやってまして。「関西あそ歩」では神戸・西宮・京都なども手掛けてました。結局、5年間で関西圏で350コースぐらいマップを作った。文字通り死ぬかと思いましたw

それで、じつは前述の「マップづくり、地図づくりこそが、まちづくり」という金言は、茶谷氏のオリジナルではなくて、都市民俗学者の森栗茂一先生が茶谷氏に呟いたヒトコトやったんですな。茶谷プロデューサーはその言葉に感銘をうけて、日本ではじめてのまち歩き博覧会「長崎さるく博」を大成功に導きます。

では、森栗先生は、なんでこんな言葉を発したか?というと、じつは1995年1月17日の阪神淡路大震災を経験して、そのあとの都市復興のプロジェクトで、神戸市民のみなさんと一緒に、まちを歩きながら、失われた神戸のまちの再現マップを手掛けていたからなんですな。ここで、じつは、阪神淡路大震災が出てくる。

要するに「まち」を失った共通経験。それが「まち歩きを産んだ」ということです。この流れは2011年3月11日の東日本大震災においてもまったく同じことで。震災以降、原発事故以降、まちを失ったり、ロストしてしまった人たちが「まちとはなにか?」を真剣に考え、歩き出した。いろんなまち歩きが産まれ、現在も盛んに活動してます。

ぼくの現在の活動も…まち歩きという方法論と出会った根源には、阪神淡路大震災があるということです。この天災の悲劇と奇跡の復興は、「物語」は、ぼくの人生に、目に見えない形で、多大な影響を与えてます。合掌。

※画像は「関西あそ歩」の阪神間のもの。懐かしい…。


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