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2012 年 5 月 のアーカイブ

大阪日日新聞のK記者が大阪あそ歩事務局を取材してくれました!K記者には大阪あそ歩創業当時から携わっていただいてます。深く感謝!ほんとうにありがとうございます!

2012 年 5 月 30 日 Comments off

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大阪日日新聞のK記者が大阪あそ歩事務局を取材してくれました!K記者には大阪あそ歩創業当時から携わっていただいてます。深く感謝!ほんとうにありがとうございます!

【大阪ヒト元気録】まち歩き大阪の文化に
http://www.nnn.co.jp/dainichi/rensai/genkiroku/120530/20120530030.html

■マップ集ヒット ガイドに敬意
「大阪は“まち”がほんまに面白い」をキャッチフレーズに大阪のまち歩きやまち遊びを楽しむ「大阪あそ歩」の『まち歩きマップ集』(その1からその3)が売れている。同企画の基本となる150のまち歩きコースを50コースずつ3冊に分けて掲載。昨年3月の発売から今年3月末までの1年弱で2万1760冊を販売した。大阪市内のコースが掲載されていることを考えると、驚異的な売れ行き。マップ集作成の中心となったのが「大阪あそ歩委員会」理事の陸奥賢さん(34)だ。

■市民が主体
2008年11月に四つのパイロットコースから始まった大阪あそ歩のまち歩きコースは、現在ショートコースも含めると305コースまで拡大し、日本最大のまち歩きイベントへと発展した。大阪市、大阪商工会議所、大阪観光コンベンション協会などが設立した「大阪コミュニティー・ツーリズム連絡推進協議会」が運営してきたが、1月に「大阪あそ歩委員会」として一般社団法人化し、より市民主体の組織運営となった。

陸奥さんは企画段階から、ガイドの募集やマップ作り、実際のガイドまで、アシスタントプロデューサーとして中心的な役割を果たしており、熱烈なあそ歩ファンが増える理由に「ガイドさんたちが切磋琢磨(せっさたくま)し、楽しんでもらうことに誠実で手を抜かない」ことを挙げる。

■ムーブメントを
陸奥さんは中学卒業後、中華料理店や接骨医など多種多様なアルバイトを経験した後、テレビやラジオのリサーチャーや構成作家の仕事に就いた。2005年に日本動物児童文学賞・奨励賞を、07年に地域活性化ビジネスプランSAKAI賞・未来賞を受賞するなど活躍の場を広げていった。

そして、長崎で大きなまち歩きイベントを成功させていた茶谷幸治さんの講演を聞いたことがきっかけとなり、茶谷プロデューサー、陸奥アシスタントプロデューサーという大阪あそ歩の名コンビが誕生することになる。

陸奥さんは大阪あそ歩について「大阪のまちを遊ぶ一つのステップ。『大阪のまちって面白い』と楽しむ人のムーブメントをつくりたい」とさらなる飛躍を目指す。

マップ集購入の問い合わせは、平日午後1時~同5時までの時間帯で、電話06(6282)5930、大阪あそ歩事務局へ。1冊780円(税別)。

事務局スタッフの多田衣里さんは「イラストと(コースの)見どころが盛りだくさんで、お得です」と話している。

○…「自分にとっては修業の場になった。まち歩きを大阪の文化にしたい」と、大阪あそ歩について熱心に語る陸奥さん。大阪に関する知識の蓄積はもちろんだが、何よりも、大阪のまちを愛する個性豊かなガイドさんたちとの出会いやまち歩きに参加した人たちとの触れ合いが、人と人とをつないでいく陸奥さんの特質に、天職のようにぴったりはまったようだ。


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ル・コルビュジエの『輝く都市』構想の、なんと陳腐で、非人間的で、つまらないことか!

2012 年 5 月 29 日 Comments off

江戸は八百八町。京都は八百八寺。浪華は八百八橋。

「橋が多い」というのは、「橋の下」に屯するスペース(アジール)が数多くあったという意味でもあります。江戸時代には「天下の富の七分は浪華にあり」と謳われた商業金融都市の大坂。田舎から一攫千金を狙って上方にやってきて、しかし夢破れて山河ならぬ橋の下あり。世間に顔向けできない身となっても、橋の下に飛び込めば、なんとか生きていくことができた。官吏も、どれほどの犯罪者、悪党、凶悪犯、政治犯でも、橋の下までは追いません。実際、幕末の頃、長州藩の桂小五郎は新撰組に追われると、命からがら橋の下に逃げ込んだ。こうすると、さすがの新撰組も手が出せない。橋の下は、橋の下のルール・・・無縁者たちのルールがあったんですな。

大坂ではこうしたアジール空間のことを「垣外」(かいと)ともいいました。この垣外の人たちは、奉行所に治外法権を認められ、処刑の執行人や墓守り、犯罪者の搜索といった仕事もありました。犯罪者のやり方は、犯罪者がいちばんよう知ってるというわけです(じつに理にかなってますww)。これは奉行所の手下のようですが、実際は犯罪者の身分を預かるに近い。垣外の長吏は、垣外のことは隅々まで知ってますから、逃げ込んで来た犯罪者なんて、すぐさま捕らえることができます。そこで「おれの部下になれ。そうでなければ奉行所に引き渡す」というわけです。奉行所に引き渡されると処罰されますからたいていは手下になる。手下になると、垣外の長吏は奉行所に「そんな男は見つからない」といって済ませてしまう。そこから先は無縁者のルールの中で生きていく(もちろん厳しい世界だったでしょう。ルール破りは即、死を意味するような)。

都市には多種多様な人間が流入します。都市の第一の条件とは、許容性、多様性であり、人間の流入性に他ならない(先祖伝来、住んでる人間が変わらないのが田舎です。奈良、京都が「巨大な田舎」といわれる由縁はそこです)。秀才、天才、大天才もきますが、訳わからん人間も大勢やってくる。田舎でヘマをすると、先祖伝来の土地に住めなくなると、出ていく先は都市しかないんです。犯罪者だって大勢やってくる。それをどれほど受け入れることができるか?(=どれほどアジール的空間があるか?)というのが都市のスケール、キャパシティ、品格の証明になるわけです。事実、NYは世界の超一流の都市ですが、超一流の犯罪都市でもあります。ロンドン、パリ、上海、香港、シンガポール・・・世界に冠たる一流の都市は、またそれだけ、闇も深い。

橋が多い都市・大坂は、橋の下=アジールが沢山ありました。こういう都市の背景から淀屋、西鶴、近松、蕪村、心中立、粋(すい)の文化、鵺学、『夢の代』なんてのがワンサカ出てくる。なんと芳醇で豊かであることか。対して、アジールがまったくない近代都市が生みだすものといえば、結局、高速道路とコンビニとファーストフードとファミレスに過ぎない。ル・コルビュジエの『輝く都市』構想の、なんと陳腐で、非人間的で、つまらないことか!

都市とはなにか?都市にはなにが必要なのか?もういちど我々は深く考察する時代に来てます。そして大阪七墓巡りとは、じつはこうした大阪のアジール空間を巡るということに直結します。単なる懐古趣味、復古趣味ではなく、現代的な都市の在り様、存在意義を見出すプロジェクトにしたいと思ってます。


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傀儡師

2012 年 5 月 21 日 Comments off

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西宮えびすは、傀儡師の発祥地でもあります。えべっさん信仰を広めるために、箱人形を使って村村を巡って宗教劇を展開したんですな。河原者ですが、えべっさんに使える神人として治外法権的な立場で、傀儡女、渡り巫女、流れ巫女(男性と性行為をしてケガレを祓う)なども数多くいました。

この傀儡師の一団が、やがて浪華の地にやってきて、集落として住み着いたのが道頓堀川界隈。市中である大坂三郷からは外れた悪所(アジール)ですが、ここに遊郭や死刑場、墓場が設置され、さらに芝居小屋(芝居を観るなんてことは「悪所通い」でした)が設置されて幕府公認となると、傀儡師たちは大いに勢力を伸ばし、これが道頓堀五座に発展。やがて近松門左衛門や竹田出雲といった天才が生まれ、人形浄瑠璃、世界遺産の文楽へと変貌していきます。(ちなみに道頓堀名物の「くいだおれ太郎」というのは電気じかけの文楽人形です。くいだおれ太郎のルーツをたどると傀儡になるんですな)

実際に現代も道頓堀は今宮戎神社の氏子地域で、阪神タイガースが優勝するといちびった若もんが飛び込む橋は「戎橋」で、戎橋筋商店街(船場から考えると心斎橋筋商店街も)は今宮戎さんへの「参詣道」です。十日戎にあわせて、道頓堀界隈の商店街は宝恵駕籠行列などもやっていますが、これは元は花街の遊女たち(このルーツも傀儡女にたどることが可能でしょう)のお礼参り(病気もなく、無事に男性のお相手が務めることができました。ありがとうございます・・・というものです)でした。おもに正月と六月晦日に行われていたようで、正月は今宮戎。六月晦日のお礼参りは愛染さんの宝恵駕籠行列として続いてます。

傀儡発祥の西宮と、文楽発祥の今宮(道頓堀)。西宮と今宮は「えべっさん信仰の、河原者のまち」という意味でリンクしている。西宮界隈はそうした「まちの匂い」が廃れましたが、今宮界隈は、いまだに匂いが濃厚に残ってます。また、こういうまちからは、近代になっても「客人(まれびと)」の折口信夫(木津村。のちの今宮村出身です)のような異形な民俗学者が出てくる。ゲニウス・ロキ(地霊)というのは、すごいもんです。

画像は西宮の傀儡師。


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G・K・チェスタトン『正統とは何か?』

2012 年 5 月 20 日 Comments off

「伝統とは、あらゆる階級のうちもっとも陽の目を見ぬ階級、われらが祖先に投票権を与えることを意味するのである。死者の民主主義なのだ。単にたまたま今生きて動いているというだけで、今の人間が投票権を独占するなどということは、生者の傲慢な寡頭政治以外の何物でもない」

G・K・チェスタトン『正統とは何か?』

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新しい高層マンションの住人たちが、古くからある神社の祭礼の地車囃子の「夜練習がうるさい!」とクレームを入れる。マンションは住民の数も多く、民主主義では数が多いほうが強い。神社は対応に苦慮して、結局、マンションに頭を下げて謝罪する・・・こういう問題が日本全国どこでも展開してますが、これはそのまち、土地、コミュニティの文化、歴史、伝統などを、なんら勘案しようとしない「横の民主主義の悪弊」です。

この「横の民主主義」に対して、まち、土地、コミュニティが含有している文化、歴史、伝統などを・・・これは即ち、過去人=我々の祖先、先達、先人、死者たちの物語です・・・を尊重しようとすることを「縦の民主主義」といいます。

過去人たちはモノをいったり、投票したりすることはできませんが、過去人たちの思いや願いを推察して、現在進行系の問題、懸案を考えようとする。これは過去人のみならず、未来人(子孫、後輩、後進)への義務、責務を、深く考察しようという態度ともいえます。「空間的な民主主義」と「時間的な民主主義」ともいえますし、イギリスの小説家G・K・チェスタトンはこれを「生者の民主主義」と「死者の民主主義」と提唱してます。

現代日本民主主義は「横」「生者」「空間」ばかり尊重して、まるで「縦」「死者」「時間」を尊重しようとしない。「国債1000兆円を後代にツケとして残す」「数万年に渡って放射能汚染された土地を作ってしまう」なんて問題は、生者の奢り、傲慢以外のなにものでもなく。「横の民主主義」だけではなく、「縦の民主主義」を考えること。「縦」と「横」のバランス、調整、帳尻合せが、今後の我々の政治、まちづくりなどの緊急課題です。そのためにも、我々は「死者の物語」を、まち、土地、コミュニティの文化、歴史、伝統を、もっともっと深く知らなければいけない。

「大阪七墓巡り」はそのためにやっています。
http://www.facebook.com/osaka7haka


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【大阪七墓巡りの実行と継承の意義】

2012 年 5 月 11 日 Comments off

【大阪七墓巡りの実行と継承の意義】
オーストラリアの先住民族アボリジニは、天地創造の神話「ドリームタイム」を引き継ぐために、神話や物語の主人公、先祖の英雄たちが旅したのと同じように神話、物語の舞台を尋ね歩く『ウォーク・アバウト』という儀式を行う。これを先祖代々、繰り返すことによって、アボリジニはアボリジニの文化を守り伝えてきた。「大阪七墓巡り」も先人、大阪の町衆たちが実行してきた儀式を引き継ぐことで、都市文化を守り、伝えようとするもので、「現代大阪版ウォーク・アバウト」といえる。今回だけの一過性のイベントに終始するのではなく、毎年、盆には実行し、大阪の夏を彩る都市祭礼として世間に広く認知され、普及することを目的としている。
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【アート・パフォーマンスによる都市祭礼の実施と可能性の模索】

2012 年 5 月 11 日 Comments off

【アート・パフォーマンスによる都市祭礼の実施と可能性の模索】
いま日本国中の街中や商店街で様々なアート・プロジェクトが展開されているが、その目的の多くは「地域活性化」や「経済効果」といった近代資本のロジックに支配されたもので、地域で行われるアート・プロジェクトを、まるでまちや地域の営利営業活動のように捉えている例が数多く散見される。しかし本来、アート、パフォーマンスには、経済や資本といった近代論理を越えた、もっと豊潤な精神世界の発露、生命の情熱やカオスに因った自由闊達な表現があった。近代資本主義が世界を席巻し、巨大なアート・マーケットも誕生したが、それ以前の上古、古代、中世の文化的、芸術的活動は、超自然への「交流」「祈り」「恐れ」「信仰」といった意味付けでなされたものが大半であった。「大阪七墓巡り復活プロジェクト」は、アートによる経済効果=「まち起し」ではなく、アートによる先人たちへのレクイエムと鎮魂=「まち鎮め」である。参加者は、先人たちの霊(土地の霊。地霊。これを古代ローマ人たちは、これを「ゲニウス・ロキ」と呼んだ)と現代アーティストとの魂の交流(「共演」といってもいいかも知れない)を体感することで、大阪という都市のゲニウス・ロキと、アートの可能性を感じてほしい。
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大阪七墓巡り復活プロジェクト

2012 年 5 月 11 日 Comments off

「七墓巡り」とは江戸時代の大阪町衆の風習で、毎年、盆になると市中郊外の七墓を巡り、有縁無縁を問わず「同じ大阪に住んでいた町衆、先人ではないか」とその霊を慰めたもの。また江戸時代の後期ともなると若い男女のデートコースとしても活用されたようで、町衆は自由闊達に「遊び心」を持って七墓巡りを楽しんだという。

「大阪七墓巡り復活プロジェクト」は近代以前の大坂の都市祭礼であった七墓巡りと、町衆の「遊び心」を130年ぶりに復活させようというもので、七墓跡において語りや詩の朗読、演劇、歌、ダンス、音楽といった7つの遊び心溢れるパフォーマンスによって、大阪の町衆の霊を慰めることを企画している。

2011年春に発足し、2011年8月15日に「大阪七墓巡り」を実施。2012年も8月15日に「大阪七墓巡り」を予定している。

http://www.facebook.com/osaka7haka
http://www.asahi-artfes.net/program/2012/post-15.html


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【大阪七墓の歴史的経緯と場の特徴】

2012 年 5 月 11 日 Comments off

【大阪七墓の歴史的経緯と場の特徴】
大阪夏の陣で豊臣政権が滅亡すると、夥しい戦死体が大阪市中に溢れ、その処理として市中の郊外に墓所が設定された。元禄期にもなると、墓所には死刑場や遊郭、芝居小屋などが置かれて開発され、こうした場所は「悪所」(歴史学、社会学的な概念でいうところの「アジール」)と呼ばれた。悪所には、村落共同体から追われた流れ者や罪人、遊女、流民、芸能民などが数多く集まり、そのコミュニティの融合から、新しい大阪の都市芸術が生まれてきた。例えば千日墓地前にあった道頓堀五座で演じられる悲劇のヒロインのモデルが、じつは数日前に千日前刑場で磔で処刑された実在の遊女であった・・・といったようなことは日常茶飯事のことであり、近松門左衛門の『曽根崎心中』『心中天の網島』といった一連の心中物(当時は、心中沙汰は御法度で罪人扱いであった)も、こうした大阪七墓=「悪所」を背景にして誕生している。今回のパフォーマンスは、大阪の都市芸術のマトリックス(母胎)であった大阪七墓(悪所)の跡地において実施されるが、原点回帰することで、過去、現在、未来へと継承されていく、新しい大阪の都市芸術を産み出したい。
http://www.facebook.com/osaka7haka


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