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国史跡。佐渡金山。

2022 年 4 月 6 日

大阪まち歩き大学。佐渡島留学編。国史跡。佐渡金山。

佐渡といえば金山。金山といえば佐渡。佐渡で金が取れるというのは『今昔物語集』に既に記述があるという。11世紀の後半には都まで佐渡の砂金は知れ渡っていたらしい。

江戸時代には幕府の天領となり、最盛期は年間400kg以上の金が算出された。いま金の価格は約8000円。計算すると、年間32億円の金算出ということになる。しかし江戸中期には徐々に金の算出量が減っていき、衰えていく。

衰えだしてから江戸時代末期になると江戸、大坂の無宿人が強制連行されて水替人足の仕事をやらされた。「佐渡金山この世の地獄」といわれたほど過酷かつ劣悪な労働環境で死ぬまで働かされたらしい。恐ろしい。  

鉱山は掘ると水が出る。水替人足はこうした水を外に排出するだけの単純労働(だから無宿人でもできる)だが、佐渡金山は江戸中期から金の産出量が減り、しかし佐渡奉行がいて、金を産出して幕府に納めることが幕命であるし、自分の出世にも響く。

必死に金を求めて、四方八方あちらこちら、どんどんと深いところに採掘が進んだ。ついには海抜よりも低い、深いところまで穴を開けていった。こうなると排出される水の量がとんでもないことになる。水替人足はなんぼいてもいい。

そもそも無宿人というのはなんらかの事情で家や村から放逐された浮浪者であって犯罪者ではない。要は貧民が多い。何も悪いことはしていないが、やがて生活の行き詰まりから犯罪に手を染める輩が出てくるのも事実だから、そういう犯罪者になる前に捕まえて佐渡送りにした。無茶苦茶な時代やなあ…。

僕みたいにまちをフラフラ歩いて、あーだこーだいってる人間なんかは危ない。仕事がよくわからない。江戸時代なら佐渡送りになっていたのではないか。他人事ではない。


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