大阪まち歩き大学。四天王寺。聖霊会舞楽大法要。「菩薩」もいいが「八部衆」もいいw
2022 年 4 月 23 日
大阪まち歩き大学。四天王寺。聖霊会舞楽大法要。「菩薩」もいいが「八部衆」もいいw
聖霊会では「天」「龍」「夜叉衆」「阿修羅」「乾闥婆」(けんだつば)「迦楼羅」(かるら)「緊那羅」(きんなら)「摩睺羅伽」(まごらか)が出る。四天王に使える部族ですな。
江戸時代に制作された面が現役で使われているが、ところどころ剥落していて、この使用感がいい。末永く使って欲しい。新調してピカピカになったりしたらイヤやw
基本的に赤系の服の人は唐楽の楽人。緑系のの部の人は高麗楽の楽人。要するに中国の音楽(唐楽)と朝鮮の音楽(高麗楽)の共演、競演で聖徳太子の霊を慰める。
大阪は、難波津は古代の国際港で、さすがにインターナショナル。こういう唐楽、高麗楽が融合し、やがて日本の音楽、和楽となっていく。その日本の音楽の源流、ルーツのようなものが、そのまま出てくる。トンデモナイ。
こういうのがしれっとやられて、しかし大阪の人は誰も知らないというねw たまたま四天王寺にきて「あれ?今日はガラクタ市(太子市)ないん?なにこれ?お祭り?」とか宣う人がいはるとか。流石である。
大阪は歴史や文化の厚みが半端でなく、てんこ盛りにある。日常、生活、暮らしの中に平然と歴史や文化の息吹があり、根づいてある。水のように、空気のように、それらを享受している。だから、その貴重さ、凄さ、恐ろしさを知らない。無自覚。無意識。無反応。奈良、京都みたいに殊更に「歴史文化都市!」とかいわない。いわないのに、コレ(聖霊会舞楽大法要)である。感覚が完全に麻痺しております。
ま、だから国産みの難波八十島の海に、西方阿弥陀浄土の日想観の海に、ゴミの埋立島を作って拝金万歳なカジノを作ろう!とか平然といいだすんでしょうな。流石であるw
カテゴリー: 雑感