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‘雑感’ カテゴリーのアーカイブ

「第5回クリエイティブ・ツーリズム大阪~阿倍野ツアー編~」、いよいよ明日です!

2013 年 7 月 19 日 Comments off

「第5回クリエイティブ・ツーリズム大阪~阿倍野ツアー編~」、いよいよ明日です!
http://www.facebook.com/events/587480554608758/

人間が「生生流転」するように、季節に「四季」があるように、仏教が「生老病死(四苦)」を教えるように。人間が作った都市にも「生生流転」があり、「四季」や「生老病死」の時期やタイミングがあります。完全無欠の完成された究極の千年都市なんか面白くもなんともない。むしろそれは巨大な墓標のようなものに過ぎない。都市が都市として魅力的なのは次の時代や社会、文明の方向性を指し示す「何か」を内包するからです。それはいってみれば、都市の「破れ目」であり、「余白」であり、「過剰」であり、「背徳」であり、「胡乱」であり、「違和感」であり・・・つまり、既存の概念をはみ出し、常識を揺さぶるような、いまだ言語化しえないものです。要するに都市というものは現状が焼野原でも摩天楼でもなんでもいいのですが、大切なのは、その都市の中から新しい「何か」が生まれてきているかどうか?です。儲かってるとか儲かってないとか成功してるとか失敗してるとか、そういうことではなく、いままでの都市にはなかった「何か」を感じる。「クリエイティブ・ツーリズム大阪」は、その都市の基礎条件としての「何か」=創造性を体感しようというものです。すでに20名で満員御礼ですが、あと2、3名ぐらいなら大丈夫かな?ということで、まだ参加申込可能です!ご興味ある方はぜひとも!

■7月20日(土)10時より「第5回クリエイティブ・ツーリズム大阪~阿倍野ツアー編~」開催します!
http://www.facebook.com/events/587480554608758/


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関西学院大学のサイトで「終戦記念日まわしよみ新聞ワークショップ」の様子が紹介されました

2013 年 7 月 17 日 Comments off

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関西学院大学のサイトで「終戦記念日まわしよみ新聞ワークショップ」の様子が紹介されました。これを機会に学生さんたちが自主的に「まわしよみ新聞」をやってくれたら嬉しいんですが・・・w

■関西学院大学社会学部・社会学研究科「まわし読み新聞で学ぶメディア」
http://www.kwansei.ac.jp/s_sociology/news/2013/news_20130709_008024.html

7月9日、社会学部で 「『まわしよみ新聞』で学ぶメディア ―終戦記念日はどのように報じられてきたのか―」を開催しました。まちづくりプロデューサーの陸奥賢さんをゲストファシリテーターとして迎え、神戸女学院の学生を含む、14人の学生が参加をしてくれました。この企画は初の試みでしたが、「終戦記念日」という思慮深いテーマを題材とし、戦後から現在までのマスメディアを通して読み解くことで多角的な視点や気付きが得られる機会となりました。


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文化主義経済

2013 年 7 月 17 日 Comments off

結局のところ、ぼくがやりたいことは「資本主義経済」ではなくて「文化主義経済」で。資本追求の代わりに文化追求を基本原理とする社会を作りたい。そこではまず「私有」ではなくて(もちろん公有でもなくて。それは結局、再分配する権力構造=共産主義ですから)「共有」することがスタンダードとなり、「自由競争」ではなくて「自由許容」することが求められる。そして資本に代わって文化を広く社会に活き渡らせるためには「文化のコンサム(消費)」ではなくて、「文化のリサイクル(再生)」「文化のリユース(再使用)」「文化のリペア(修理)」「文化のイノベーション(新活用)」「文化のブリコラージュ(細工)」などが必要になるだろうと思ってます。文化なんて、そんな簡単に一朝一夕で生産するなんてことはできないですから。江戸時代の祭礼を復活させる「大阪七墓巡り」も「盆(皿を分けること=施餓鬼)」を現代的にアレンジした「葬食」も、新聞メディアの再利用である「まわしよみ新聞」も、養蚕文明を体感する「おかいこさま」も、ぼくのやってることは、みんな同じようなことで、ひとことでいえば文化主義経済のための運動だといえます。文化の可能性を模索して、領域や活動範囲を広げ、グランドデザインを変えたい。資本主義経済はもはや完全に袋小路なので、こういう人はやがて増えるだろうという気はしてるんですが・・・。


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「大阪七墓巡り復活プロジェクト2013」第4弾の告知

2013 年 7 月 13 日 Comments off

「大阪七墓巡り復活プロジェクト2013」第4弾の告知です。第4夜は千日墓地まち歩き。そして天才舞踊家・木室陽一さんのワークショップ。木室さんはまちの音、匂い、風、気、流れ、澱みなど、あらゆるものを感知して踊ります。そしてシフトチェンジが抜群にうまい。4ビートから32ビートにシフトしたと思ったら、次の瞬間には2ビートになり、16ビートになり、変拍子になり・・・といったように緩急自在に躍ります。またワークショップが謎です。「相手の気配を察知してまちなかを順番に動く」といったようなことをいきなり素人全員にやらせたりしますw 今回もどういうワークショップになるかわかりませんが、木室ワールド全開100%はまちがいなし。ぜひともご参加を!

■8/12(月)18時よりcafé EARTHにて【大阪七墓巡り復活プロジェクト2013 七夜連続一墓巡り ④千日編】「舞踊家・木室陽一による舞踊ワークショップ」と千日まち歩き
http://www.facebook.com/events/209576585862450/

■企画概要
大阪七墓の中でも、もっとも劇的な物語を内包しているのが千日墓地。道頓堀五座と千日墓地の相関関係によって西鶴、近松、心中物、文楽、和事、粋(すい)の芸術が生まれました。語りやまち歩きで土地の文脈を知ったあと、天才舞踊家・木室陽一さんによる舞踊ワークショップで、全員参加型で鎮魂と供養のパフォーマンスを繰り広げます。【大阪七墓巡り復活プロジェクト2013】の「七夜連続一墓巡り」の第4弾企画です。

■タイムスケジュール
18時にcafé EARTH集合。千日墓地の物語を知ったあと、現地をまち歩きし、その後、木室さんのワークショップで、千日墓地界隈で鎮魂と供養のパフォーマンスを繰り広げます。途中参加、途中退場OKです。

■開催日時:2013年8月12日(月)18時~
■開催場所:café EARTH
■参加費:2000円
■定員:30名
■主催:大阪七墓巡り復活プロジェクト実行委員会
http://www.facebook.com/osaka7haka
■助成:財団法人アサヒビール芸術文化財団
■特別協賛:アサヒビール株式会社
■協力:NPOまちらぼ、café EARTH

※大阪七墓巡り復活プロジェクトとは?
「大阪七墓巡り」とは江戸時代の大阪町衆の風習で、毎年、盆になると市中郊外の七墓を巡り、有縁無縁を問わず「同じ大阪に住んでいた町衆、先人ではないか」とその霊を慰めたもの。また江戸時代の後期ともなると若い男女のデートコースとしても活用されたようで、町衆は自由闊達に「遊び心」を持って七墓巡りを楽しんだという。「大阪七墓巡り復活プロジェクト」は近代以前の大坂の都市祭礼であった七墓巡りと、町衆の「遊び心」を130年ぶりに復活させようというもので、七墓跡において語りや詩の朗読、演劇、歌、ダンス、音楽といった遊び心溢れるパフォーマンスによって、大阪の町衆の霊を慰めることを企画している。2011年春に発足。プロデューサーはむつさとし(死生観光家/コモンズ・デザイナー)。


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「大阪七墓巡り復活プロジェクト2013」、ぼちぼちやります

2013 年 7 月 11 日 Comments off

「大阪七墓巡り復活プロジェクト2013」、ぼちぼちやります。まずは「七夜連続一墓巡り」で應典院にて「葬食」を実施し、その後、南濱まち歩きをやります。ご興味ある方はぜひともご参加を!

■8/9(金)18時より應典院にて【大阪七墓巡り復活プロジェクト2013 七夜連続一墓巡り ①南濱編】「葬食~盆とは皿を分けること~」と南濱まち歩き
http://www.facebook.com/events/202691023222744

■企画概要
「生きること」とは「食べること」。そして「死ぬこと」とは(生きている誰かに)「弔われること」です。弔いには色々な方法がありますが、仏教では無縁の死者に対して行う「施餓鬼」があります。それは死者に食事を供えて弔うというものです。つまり食べること=生きること=死ぬこと=弔われること(食べること)はどれも等しく同価値であり、また「食」をモチーフにして生者と死者を見つめなおすコモンズの場を創出することが可能ということでもあります。そこで死者にお供えする食事メニュー(これを「草食」ならぬ「葬食」となづけました)を應典院に持ち込んでください。死者を供養する日「盆」というのは「皿を分ける」と書きますが、「葬食」をみんなでシェアして食べましょう。またその食事メニュー「葬食」を南濱墓地の無縁仏にもお供えします。【大阪七墓巡り復活プロジェクト2013】の「七夜連続一墓巡り」の第1弾企画です。
http://www.facebook.com/sousyoku


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【大阪七墓巡り復活プロジェクト2013】の「七夜連続一墓巡り」の第2弾企画

2013 年 7 月 11 日 Comments off

「大阪七墓巡り復活プロジェクト2013」の「七夜連続一墓巡り」の二夜目は「小橋墓地」です。日常編集家という名の放浪芸人アサダワタルと死生観光家という名のまわしよみ芸人のむつさとしの2人が主催。参加者のみなさんが葬式に流す曲をご披露して、それにまつわるトークショーを繰り広げます。大人の事情(アサダくんのスケジュールブッキング)によって夜23時からスタートの企画になりましたw カラオケで徹夜になります。どんな感じになるのか自分でもようわかりませんが、ご興味ある方はぜひとも!

■8/10(土)23時より某カラオケ店にて【大阪七墓巡り復活プロジェクト2013 七夜連続一墓巡り ②小橋編】日常編集家アサダワタルと死生観光家むつさとしによる「真夏の夜の挽歌トークショー」と小橋まち歩き
http://www.facebook.com/events/202691023222744

■企画概要
「自分の葬式にはこの曲を流してほしい」という曲を、参加者全員からお聞きして、それをもとに日常編集家アサダワタルと死生観光家むつさとしが「真夏の夜の挽歌トークショー」をします。もちろん挽歌をこぶしきかせて涙ながらに大熱唱していただいても大いに結構!その後、朝方に小橋界隈をまち歩きして、小橋墓地にみんなの挽歌の歌詞カードをお供えします。【大阪七墓巡り復活プロジェクト2013】の「七夜連続一墓巡り」の第2弾企画です。


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場のネットワーカー

2013 年 7 月 8 日 Comments off

クリエイティブ・ツーリズムをやる目的のひとつに「あんまりにもクリエイティブ拠点が増えすぎてないか?」という問題提起があります。いま、やたらと「コミュニティ・カフェ」やら「住み開き拠点」やら「なんとかスペース」が増えていて、「コンビニ化」している気がするんですな。「場」を持つことは大事です。しかし同じようなエリアに、同じような「場」が増えすぎていて、個個の拠点のレベルでいえば、そこを利用するひと、参加するひと、携わるひとというのが総体的に減っていく。哀しいかな、「客の奪い合い」というのが発生している。同じまちの中に6つも7つも8つもコミュニティ・カフェがあるというのは、これはじつはコミュニティを維持するどころか、「コミュニティ分断」の動きにつながっていきます。「お山の大将」がいっぱいいて、「船頭多くして船山に登る」の過ちが、日本全国のまちづくりの現場でいかに多いことか。まちに必要なのは「船の所有者」(船頭)ではなくて、「船の利用者」(船客)を増やすことです。また安易に「船頭」になるので、結局、船を維持できなくて、すぐに閉鎖してしまうということも往々にあります。仮に自分が「船頭」になろうとしても、まずはその自分の船の周辺に同じような船がないか?と探して、リサーチして、マーケティングして、船をはじめないと、先行する船と一緒に「共倒れ」のような状況にすらなりかねない。実際に、東京や横浜、大阪、神戸といった大都市において、そういう事例が多く見受けられます。当たり前の話なんですが、まちづくりはもっと戦略的にやっていかないといけない。そこで、まち歩きを利用して、そのまちのコミュニティ・カフェや住み開き拠点やなんとかスペースを訪問することで、このまちには、いま、なにが足りていて、なにが足りていないのか?・・・ということを可視化する必要があるわけです。自分のまちのクリエイターやアーティストの拠点を知り、それから自分たちは今後、どうすべきか?を考える。まちづくりの先輩や先達を知り、後続はどうすべきか?を考えていかないといけない。

安易に「場」を作る前に、「既存の場」を繋ぎ、場に客を集め、場を知って次を考えるという「場のネットワーカー」の仕事がいります。クリエイティブ・ツーリズムはそこを担えるし、そこにこそ、このプロジェクトの必要性と可能性があります。

■7/20(土)10時より「第5回クリエイティブ・ツーリズム大阪~阿倍野ツアー編~」開催します!
http://www.facebook.com/events/587480554608758/


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なぜ「まわしよみ新聞」がうけるのか?・・・それは小さいけれども「世界を作る手仕事感覚」があるからです

2013 年 7 月 7 日 Comments off

「まわしよみ新聞」の制作には3つのプロセスがあります。

①新聞をまわしよんで記事を切りぬく
②切り抜いた記事をプレゼンしてみんなで話し合う
③記事を四つ切画用紙に張り付けて壁新聞を作る

このどれもが欠けると「まわしよみ新聞」にならないわけで、とくに一番重要なのが、じつは「③」で。例えば新聞をまわしよんで、おもろいと思う記事を赤丸つけて、それを話し合って終了・・・としてもいいんですが、ぼくはあえて新聞記事を切り取って、みんなで1枚の壁新聞として再編集しなおすという「エトス」(型)にしたんですな。これは、おもろい記事、興味深い記事を切り取ることよりも、それを上手にプレゼンしたり、話し合うことよりも、みんなで1枚の壁新聞をクリエイト(創造)することにこそ、「トポス」(場)の面白さが最大限に発揮されると考えたからです。①と②はいってみれば「個人芸」の範疇なんですが、③は「全体芸」になるというわけです。切り抜いた記事をどういう風に並べようか?貼っていこうか?この記事とこの記事を並べたら別の意味がでて面白いのでは?どう色づけしていこうか?タイトルや日付はだれが書こうか?スキマや空白をどうしようか?イラストでも描いてみようか?・・・要するに調整や構成や交渉や編集する能力が問われてくるわけです。①と②をうまいことやれても③はダメという人が世の中にはいるし、逆に①と②はダメでも③となると俄然、力を発揮するという人もいる。こうして、「まわしよみ新聞」を作ることで、ひとつの「小さな社会」「小さな世界」を創造することになり、「社会性」「世界性」を習練するステップにもなるわけです。

また非常に重要なのがハサミやノリで新聞の記事を切り取ったり、貼ったりという作業は「手仕事」で、この「手仕事感覚」こそが脳化してしまった情報社会に、もっともロストされている感覚だったりします。子供が無意味にハサミでヒモを切ったりするように、無意味にあちらこちらの壁にシールを貼るように、「ハサミで新聞を切る」とか「ノリで記事を貼る」とかいう作業は純粋に楽しいんですな。こういう「触覚的喜び」をみんなで共有できる体験って、大人になると、まったくないですから。そういう意味でも③のプロセスは非常に重要です。

それで、このプロセスはなにかに似ているなぁ?と前々から思っていたんですが、じつはこれは河合隼雄先生の「箱庭療法」に似ているということに気づきました。「四つ切画用紙」はいってみれば「箱庭」なんですな。まわしよみ新聞はそこに「新聞記事」というメディアを置いていきますし、箱庭療法ではそこに「おもちゃ」というメディアを置いていく。新聞記事は「2次元」で、おもちゃは「3次元」という違いはありますが、メディアを置いて「小さな社会」「小さな世界」を創造するという意味では、やってることは一緒です。ちなみに箱庭療法の発案者マーガレット・ローエンフェルド(Margaret Lowenfeld)は、箱庭療法のことを「世界技法」(The World Technique)と呼んでいたとか。まさに「世界を作る」という「手作業」なんですな。

なぜ「まわしよみ新聞」がうけるのか?・・・それは小さいけれども「世界を作る手仕事感覚」があるからです。やってみればわかりますが、これは非常に魅力的な体験です。自分がなにをやっているのかわからないほどに細分化された産業社会の住人であるぼくらには、これほど魅力的な体験はありません。

■まわしよみ新聞公式サイト
http://www.mawashiyomishinbun.info/

■まわしよみ新聞facebookページ
http://www.facebook.com/mawasiyomisinbun

画像は『河合隼雄と箱庭療法』と「まわしよみ新聞」の制作の様子。

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クリエイティブ・ツーリズム

2013 年 7 月 7 日 Comments off

大阪市の観光プロデューサーとして過去5年間「大阪あそ歩」をやって、とくに元気になったのは、50~70歳代の方々。大阪あそ歩は、まちのおっちゃん、おばちゃんが主力、主人公になってまち歩きのガイド、サポーターをやっていただいたし、参加者も60歳代以上の方が非常に多かった。べつに大阪あそ歩はシニア向けというわけではなかったんですが、結果として、そうなってしまった。それはそれでええことやと思ってますが、ふと周りを見渡してみると、考えると、どうもぼくと同世代のひとたちが、10代から40代の方々が、あんまり大阪のまち歩きに参加してくれていない。まちの歴史や物語にも正直あまり興味関心がない。では、どうすれば、彼ら彼女らを、まち歩きに参加するようになるのだろうか?答えは簡単。若者たちが興味関心のあるものを見に行くツアーにすればえんや!・・・ということで、自分たちの同世代のクリエイター、アーティストが活躍、活動している現在進行形の場を訪れるツアー・・・つまり「クリエイティブ・ツーリズム」を盛り上げようと地味に動いてます。自分でもやっていておもろくて、大阪あそ歩以上とまではいいませんが、大阪あそ歩に匹敵するぐらいおもろい!と太鼓判は押せますww 7月20日に阿倍野ツアーをやります。ぜひともご参加を~!^^

■7/20(土)10時より「第5回クリエイティブ・ツーリズム大阪~阿倍野ツアー編~」開催します!
http://www.facebook.com/events/587480554608758/


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「むらしずめ」「まちしずめ」のためのアートを

2013 年 7 月 4 日 Comments off

いま現在、日本の空き家率は13パーセント。野村総合研究所の報告書では、これが30年後には43パーセントになるとか。いまから30年ローンで家やマンションを買っても、ぼくが65歳のときには、なんと日本国中の家の半分近くに人が住んでいない。家の価格は一気に下落するだろうし、世の中はゴーストタウンだらけ。限界集落は「廃村」となり、もしかしたら「廃町」「廃市」なんて現象も出てくるかも知れない。

自分たちのむらがなくなる。まちがなくなる。そうならないために、日本全国どこでも一生懸命に「むらおこし」「まちおこし」をしてますが、この人口減少時代の荒波は、そう簡単には乗り切れないでしょう。また「むらおこし」「まちおこし」のために最近よく利用されるのが「なんとかアート・フェスティバル」や「なんとか芸術祭」で、むらやまちに若者を集めようと地方にアーティストを招聘して、レジデンスさせて、作品展示、ワークショップなどを繰り広げますが、なかなか土地の文脈にあってないし、一過性のものに終わることも多い。

ぼくが思うに、もはや「むらおこし」「まちおこし」のために、経済活性化のために、アーティストを地方に呼ぶのは間違いで、ほんまは「むらしずめ」「まちしずめ」のためにこそ、アーティストの仕事があります。明日、むらを解散する。まちが滅びる。そういうときにこそ、アートが必要となってくる。ひとが産みだしたものなんだから、ひとが死ぬように、むらも、まちもいずれ死ぬ。必ず死ぬ。しかし人が死ぬときに葬式という儀式や祭礼が必要なように、むらやまちを閉じるときにも、鎮魂と供養のための儀礼や祭礼が必要になってくる。そうしないと死者やネクロポリス(死の都)が浮かばれないですから。そして、そのときにこそ、アートが必要になると思っているんですな。アートにはそういう可能性があるし、その可能性を追求したいと思って「大阪七墓巡り復活プロジェクト」をやっていたりします。

画像は野村総合研究所「人口減少時代の住宅・土地利用・社会資本管理の問題とその解決に向けて」より。

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