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今回の「岩手アイーナ@まわしよみ新聞」は岩手日報社さんと岩手県立図書館さんのコラボ企画でした。

2016 年 6 月 6 日

今回の「岩手アイーナ@まわしよみ新聞」は岩手日報社さんと岩手県立図書館さんのコラボ企画でした。岩手日報社さんが創刊140周年記念(明治9年創刊とか。朝日新聞より早い。ビックリしましたw)やそうで、それで岩手県立図書館でも「岩手の新聞人たち」という展示をやっていて、これがまたオモロかったんです。新聞の歴史がようわかります。

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明治初期・中期に日本全国各地で新聞社ができていく。官の新聞もありますが、大体、民の新聞で。当時の自由民権運動と連動して大きくなる。国会や憲法はできていくが、論調があまりに過激なんで政府から睨まれて発禁処分などで潰される(当時の新聞人の英雄が宮本外骨でしょうなw)。しかし日清・日露戦争が起こると「わが父、我が息子は、いまいずこへ?」ということで戦争報道記事が飛ぶように売れて新聞は軒並み部数を拡大していく(「新聞を読め!」と宣う傑作落語『阿弥陀池』はこの頃の作品)。

この頃は新聞縦覧所がようさんあって、みんながこぞって新聞を回し読んでた時代でもありますな。こんときに酒を飲むと暴れる。酒と新聞のセットはちょっと危険。それで当時まだハイカラな飲み物やった牛乳を出していたそうで、だから新聞縦覧所のことを「ミルクホール」といったとか。新聞は後に宅配制度が普及していきますが、ミルクホールの結果、「牛乳を飲みながら新聞を読む」というのが、日本人の生活習慣となって、だから牛乳も宅配制度を導入しました。なんで新聞と牛乳だけ宅配制度なんか?このへんに遠因がありますw

日清・日露で新聞はアホほど売れましたが、戦争が終わると、大不況。新聞は軒並み潰れていきます。こんときに資本家や銀行屋が介入してくる。新聞の経営陣は金持ち、しかし新聞を作ってるのはプロレタリアな記者・・・という歪な時代。結局、どんどんと昔堅気のジャーナリズム魂を持った新聞記者は辞めていって「ビジネス」「金儲け」というのが社是となっていく。世の中でいちばん儲かる商売というのは、今も昔も「戦争」と決まってまして。政府の戦争拡大路線に歩調を合わせていく。ジャーナリズムの危機。

そして、その流れの決定打が内閣情報局による「一県一紙」の情報統制。昭和12年には日本全国各地で1200以上の新聞社があったそうですが、昭和13年に国家総動員法が出来て新聞統制が始まると(戦後、日本新聞学会初代会長になる小野秀雄は「まず有害無益な新聞の廃刊に着手し、次いで無害無益な新聞に及ぶべきである」なんて発言してます・・・)、昭和17年にはわずか55紙になってしまった。

なんでこんな簡単に唯々諾々と新聞社が新聞統制に従ったのか?紙の供給を政府に抑えられたんですな(新聞用紙供給制限令)。「政府に逆らうなら紙を渡さない」と脅されて、紙がないと新聞そのものが発行できんですから。新聞は政府に首根っこ掴まれて、ついに戦前日本のジャーナリズムは死んでしまった。結果、新聞は軍国主義の手下となり、太平洋戦争の真実を伝えず、亡国の徒となる・・・。

新聞が国家を作るならええんですが、国家が新聞を作るとえらいことになる。そういうのがようわかります。岩手県立図書館の「岩手の新聞人」。ええコーナーでした。ぜひとも。


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