新聞に替わる「社会の公器」を!

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画像は「新聞はいま、誰が読んでいるのか?」より。
http://www.landerblue.co.jp/blog/?p=9150

結構、衝撃でした。そして危機意識が芽生えてきました。これはまぢでやばいぞ、と。

日本のジャーナリズムは、なんだかんだで新聞メディアが主力です。政治家が、官僚が、企業が、記者会見をする。そのさいに、フリーのジャーナリストや市民メディアの関係者というのはなかなか会見の場に入ることができません。中に入ろうとしても、どこの新聞社ですか?記者クラブに入っていますか?というようなことが、まず問われる。欧米では「I’m journalist」と名乗れば、だれでもフリーパスで中に入れるのに、日本では、いまだに、そういう非常に閉鎖的な構造になっています。そもそもは政治家や官僚や企業が悪いのですが、しかし新聞社や記者クラブも、フリージャーナリストや市民メディア、ネットメディア関係者などを、どこの馬の骨かわからない存在として排斥する気分があって、ある種の「既得権益」を守ろうとしている部分もあります。まずこれを是正しないといけない。できれば早急に。

それで、調査結果に話を戻すと、要するに今後、世の中の人はどんどんとネットに偏重していき、世の中のニュースを知る手段も大部分はネットになっていくということなんでしょうが、しかしネットニュースの情報源というのは、現状では新聞社、新聞記者が金と時間、コストをかけて入手してきたニュースソースが大部分なわけです。日本ではフリーのジャーナリストや市民メディア、ネットメディア関係者の記事というのはほとんど見られません(コラムや批評は別ですよ。そういうのも、最近はたまにネットニュースでも上位にきますが、しかしコラムネタにされる、批評される元ネタ=そもそもの情報源は、やっぱり新聞だったりするわけです)。だから新聞を有料購読するのではなくて、インターネットで「無料」で見る人が増えると、一体、どういうことが起きるのか?端的にいえば、新聞社にお金がまわらないということになる。新聞社にお金がまわらないとどういうことが起きるのか?というと、取材力や記者の質がどんどんと劣化していく・・・。

「権力は腐敗する。絶対的な権力は絶対に腐敗する」とはイギリスの歴史家ジョン・アクトン卿の有名な言葉ですが、そういう権力が腐敗しないように監視する「社会の公器」としての役割というのがジャーナリズムにはあります。そして、日本のジャーナリズムの主流を担っている新聞が弱体化することは、非常に危い社会状況を生みだしかねないわけです。「へぇ。いまの若い人や学生は新聞とか全然読んでないんやなぁ~」で終わる話ではないわけです。とくに日本のメディア状況を鑑みると。

もうちょっとみなさん、新聞をちゃんと買って読みましょう(そして、できれば「まわしよみ新聞」しましょうw)。そして新聞社、新聞記者、記者クラブのみなさんはメディア報道の規制緩和を。世の中のネット偏重の流れは変わりませんから、新聞に替わる「社会の公器」を、ちゃんと用意、担保しておかないといけない。そのためにも、もっとフリージャーナリストや市民メディア、ネットメディアなどを現場に入れてほしいですな。残念ながら、新聞だけで日本のジャーナリズムを支える時代は終わりました。もっともっとメディアは多様化しないと、本当にこの国の行く末は恐ろしいことになります。


2013年 10月 14日
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