「むらしずめ」「まちしずめ」のためのアートを

いま現在、日本の空き家率は13パーセント。野村総合研究所の報告書では、これが30年後には43パーセントになるとか。いまから30年ローンで家やマンションを買っても、ぼくが65歳のときには、なんと日本国中の家の半分近くに人が住んでいない。家の価格は一気に下落するだろうし、世の中はゴーストタウンだらけ。限界集落は「廃村」となり、もしかしたら「廃町」「廃市」なんて現象も出てくるかも知れない。

自分たちのむらがなくなる。まちがなくなる。そうならないために、日本全国どこでも一生懸命に「むらおこし」「まちおこし」をしてますが、この人口減少時代の荒波は、そう簡単には乗り切れないでしょう。また「むらおこし」「まちおこし」のために最近よく利用されるのが「なんとかアート・フェスティバル」や「なんとか芸術祭」で、むらやまちに若者を集めようと地方にアーティストを招聘して、レジデンスさせて、作品展示、ワークショップなどを繰り広げますが、なかなか土地の文脈にあってないし、一過性のものに終わることも多い。

ぼくが思うに、もはや「むらおこし」「まちおこし」のために、経済活性化のために、アーティストを地方に呼ぶのは間違いで、ほんまは「むらしずめ」「まちしずめ」のためにこそ、アーティストの仕事があります。明日、むらを解散する。まちが滅びる。そういうときにこそ、アートが必要となってくる。ひとが産みだしたものなんだから、ひとが死ぬように、むらも、まちもいずれ死ぬ。必ず死ぬ。しかし人が死ぬときに葬式という儀式や祭礼が必要なように、むらやまちを閉じるときにも、鎮魂と供養のための儀礼や祭礼が必要になってくる。そうしないと死者やネクロポリス(死の都)が浮かばれないですから。そして、そのときにこそ、アートが必要になると思っているんですな。アートにはそういう可能性があるし、その可能性を追求したいと思って「大阪七墓巡り復活プロジェクト」をやっていたりします。

画像は野村総合研究所「人口減少時代の住宅・土地利用・社会資本管理の問題とその解決に向けて」より。

1001301_516021751802324_1044205424_n


2013年 7月 4日
タグ:
コメントは終了しています。