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2017 年 3 月 17 日 のアーカイブ

塩草まち歩き。マニアックw

2017 年 3 月 17 日 Comments off
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あえて直観讀みブックマーカー用にw

2017 年 3 月 17 日 Comments off

あえて直観讀みブックマーカー用にw

「聖書、仏典、そんなものである必要はない。スリラー小説、ラブレターの書き方の練習帳、何年か前の新聞、ギターの教則本、やったことない?こうするんだ、頭の中に妄想の渦巻きを起こす、”俺は自殺すべきかそうでないか”といったようなことを思い浮かべて、何でもいい手近にある本を開くのさ、精神を集中してそこに書いてあることを読むんだ。そうすると、ギターの教則本が、自殺に関する答えを出してくれる」(リチャード・バック『イリュージョン』)


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【大阪府】…というわけで本日の打ち合わせはこちら。大阪NIE推進協議会。もちろんまわしよみ新聞です。 8月上旬に大阪市内某所で「まわしよみ新聞編集長養成講座」をやります!また詳細が決まれば告知します!よろしくお願いします〜m(_ _)m

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伝法まち歩き。マニアックやけど、やっぱ、伝法はオモロイ。

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伝法まち歩き画像その2。キーワードはインドからやってきた法道仙人。謎すぎw

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伝法まち歩き画像その3。新淀川。 川はええ。

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歌垣風呂の毎日新聞さんのツイート。結構、リツイートされてます。ありがたいことですm(_ _)m

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4/7(ぼくはこちらにでます)と4/8に「フォーラムシアター」を應典院でやります。「被抑圧者の演劇」とも呼ばれているとか。

2017 年 3 月 17 日 Comments off

應典院スタッフで役者の沖田さんの投稿をシェアm(_ _)m

4/7(ぼくはこちらにでます)と4/8に「フォーラムシアター」を應典院でやります。「被抑圧者の演劇」とも呼ばれているとか。25年前の翻訳なんで、ちと、コトバが古いですな。政治的なニュアンスも強い。今風に治すと(結構、乱暴な意訳ですがw)「弱者(社会的弱者)のための演劇」になるんやないかな?もしくは、「当事者(障害当事者)演劇」といってもいいのかも知れませんな。

以下は演出家の大岡淳さんのフォーラムシアターの解説。

『俳優たちが特定のコミュニティに入り、そのコミュニティにおいて発生している、政治的・社会的な問題を提供してもらう。俳優たちはその問題を描写する、10~15分程度の短い場面を、演劇として制作する。そしてコミュニティのメンバーを集め、彼らの前で1度上演する。そして、ジョーカーと呼ばれる司会進行役が「このままでいいのか?」と観客に問題提起し、短い場面が再び上演されるが、今度は演劇を観ながら「もし○○が××したら事態は改善するんじゃないか?」と気づいた時点で、その観客は俳優と交代して自らその○○を演じ、別の可能性を提示する。俳優たちも、観客の介入に従って、即興的に上演の内容を変えていく。このようにして次々に観客が上演に参加し、ありうべき未来の選択肢が無数に提示され、それらを実現する困難さや可能性が吟味される。ジョーカーや俳優は、観客を特定の解決策に誘導することはせず、解決策はあくまで観客が身体を動かしながら、自身で発見することが求められる。このように、民衆=観客を、単に俳優の演技に感動するだけの消極的な存在から解放し、俳優にかわって自ら積極的に行動し、現実を変革する主体へと変えていくのが、ボアールの考える「被抑圧者の演劇」である』

基本、ドキュメンタリーな演劇者に対して「なぜ?」とか「ちがう」とか「こうだ!」とか、被抑圧者・社会的弱者・当事者が混入して、ロールプレイやフィードバックを重ねて「いろんなストーリーの可能性」を提示していく・・・。これ、精神科医では有名な「SST」(ロバート・リバーマン教授が考案。ソーシャルスキルトレーニング)にも似てますな。

■ウィキペディア「ソーシャルスキルトレーニング」

https://goo.gl/oZCNfc

ただ、SSTは演劇者ではなくて当事者同志でロールプレイをしていく。フォーラムシアターは、一端、外部化するというか、演劇者でやることで、さらに舞台という場でやることで、射程範囲が広いというか、参加者層の多様性を獲得し、社会的訴求力を強めることができるんかも知れません。基本、政治的なんですなw

ただ、今回の應典院でのフォーラムシアターでは、どこまで踏み込んでやれるのか、ちょっと未知数なところがあります・・・その辺は演出家の泉さんの腕の見せ所ですがw ぼくは「パネリスト」(これはボアールいうところの「ジョーカー」的役割とはちと違う気がする)という立場で参加するんですが、ほんまは、ぼくだけやのうて、現場にいる誰もが介入・混入していく方が、豊かで、可能性が広がって、オモロイ。なんせ脚本のテーマは「恋愛」ですからな。恋愛に関して当事者でない人はいないはず。観客のみんながみんな「私ならこうするわ!」とかいうて話しだしたら、混乱して、意味不明になって、大失敗になりそうやけどw

試行錯誤的な場になりそうですが、こういう果敢なこと(いうても20年以上前の実験演劇らしいですけどw)をやっていかな、日本の、大阪の、小演劇界はあかんのちゃうか?という気もするので。いや、ほんまに。応援支援の意味も兼ねて、ぜひ遊びにきてください!m(_ _)m

※舞台上で輝かしいスポットライトを浴びる「演劇者」は、政治でいうと選挙で選ばれた「代議士」みたいなもんですな。でも、ほんまは、政治は、ひとりひとりの市民で決まる。「代議士」とは「(あなたの)代わりに議会にでる人」でしかない。間接民主主義にはいろんな弊害がある。本来は「代わり」である人が権力を握った途端、専横を初めて、結局、民意が反映されない。直接民主主義の方が、当たり前やけど、直接民意を反映する。いろんな紆余曲折を経るでしょうが、やがて、そういう方向に舵をとっていく。近代政治(間接民主)から現代政治(直接民主)になっていく。※電子的直接民主主義にはいろいろと注目しています。

■ウィキペディア「電子的直接民主主義」

https://goo.gl/Q6rwVP

演劇者だけが、あいも変わらず近代(間接演劇者)をやっていても世間から置いてけぼりを食らうだけです。ひとりひとりの市民を、直接演劇者に、演劇当事者にしないといけない。そのためのアプローチが、これからの演劇者の仕事やないか?と思ってます。フォーラムシアターはまさしくその流れやとも。

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ブラジルの演出家アウグスト・ボアールが提唱した「被抑圧者の演劇」をご存じですか?著書が出ているのですが、現在は絶版で、買おうとすると数万円の価値がついているとか・・。しかしなぜか、應典院の本棚に、あったんです。

ボアールの演劇方法論の一つである「フォーラムシアター」。日本では馴染みがあまりないように思いますし、やるとなると少し編集しないとやりにくいという声もあるようです。そんな中、應典院ではこんな取り組みがはじまります。

OMS戯曲賞を受賞した戯曲『愛情マニア』作:サリngROCK(突劇金魚)を元に、シーンを上演しながら現代における恋愛という関係性について語らうという催しです。

双方向性演劇体験。初めての試みなので、どのようになるのか緊張です・・。ぜひご一見いただき、叱咤激励ください。

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▽上演日時
4月7日(金) 19:00
4月8日(土) 13:00

▽チケット料金
一般 1500円
学生・應典院寺町倶楽部会員 1200円
共通パスをお持ちの方 1000円

沖田に直接メッセージいただけたらご予約いたします。詳細はリンクURLをご覧ください。お運びをお待ちしております。


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